終章 それから
コロンコロン。
心地よいベルの音が、来客を告げる。
東京都神田明神下。
古いマンションの一階テナントに、不定休が玉に瑕の、雰囲気の良い喫茶店がオープンした。
店は、柔らかな物腰の長髪美青年と、モデルでもやっていそうな長身のハンサムガイの、二人で切り盛りされていた。
コーヒーよりも紅茶や緑茶などお茶系の飲料を充実している、静かな喫茶店である。
昼でも客が多くならないのは、サンドイッチくらいしか置いていないせいで、反対に、ご近所の奥様たちにとって、午後の憩いの場になりつつある。
実際、店のオーナーでもあるこの二人に、この店で儲けようという意識はないらしい。
それ以外の仕事で、十分過ぎるほどの収入は得られているのだから、手持ち無沙汰解消、という以外の意味は、もともとないのかもしれない。
商売っ気がない分、反対に人気はそこそこで、毎日いつでも何組かのお客が必ず入る。
近所に口コミで広がっているらしい。ありがたい話だ。
二人いる店員のうち、長髪美青年の方が、いつからか、占いを始めるようになった。
それは、別に商売として、という意味ではなく、彼の手慰み物であり、客を喜ばせるための趣向の一つであって、常連しか知らない秘密メニューだ。
きっかけは、自殺も考えるほど思い悩んでいた人を、救ってあげたのが始まりと伝わっているが、真偽の程は確かではない。
良く当たる占いの話も含め、口コミで広がった店の噂は、さらに客の数を増やし、夕方の忙しい時間帯には、店員がどこからか増える。
それもやはり、モデルバリのイイ男だ。ただ、存在感があまりに希薄で、人間ではないのでは、というのが、もっぱらの話の種になっていた。
店の常連客は近所の奥様ばかり。
見目麗しい男たちが提供する憩いの場は、有閑マダムたちに大人気で、すぐに近所の社交場に発展していった。
そして、オープンから半年。
近所の常連客も実は知らなかった店の名前が看板になって登場する。
店の名は『喫茶 江戸茶房』といった。
店主の二人が、実は男同士の夫婦であるという噂が立つのは、意外にも、それからさらに半年ほど経った頃のことであった。
おわり
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