16
その夜。
志之武の携帯電話に、一本の電話が入った。
それは、叔父、勝太郎からの電話であった。
そういえば、あの一大事にもかかわらず土御門屋敷に姿を現さなかった勝太郎は、実は3日前から、仕事で京都にいたのだ。
どうやら、土屋家で、今日の事件を知ったらしい。
『いやぁ、驚いたよ。何しろ、あのバカ兄貴が、親父の前でちっちゃくなって叱られてんだよ。天地がひっくり返ったかと思った。
あれ、なに? 志之武君の仕業?』
余程珍しいものを目撃したのだろう。いまだ興奮冷めやらぬ様子に、志之武はくすくすと笑って答える。
声が良く通るおかげで、そばにいた征士にも勝太郎の声は聞こえていて、しきりに笑いを堪えていた。
「父上が悪いんですよ。土御門に、呪詛なんてかけるから。自業自得です」
『でも、呪詛返し、されなかったって。
どうやったのさ、志之武君。まさか、兄貴の代わりに呪詛を引き受けてたりしないよね? 怪我とか、してないかい?』
当主に叱られたのは、麟子からの知らせがあったせいであって、呪詛返しで苦しんで発覚したわけではないらしい。
それを聞いて、志之武の表情があからさまにほっとする。
反対に、これに味をしめて、今後もこんな危ない真似を続けていくのでは、と、征士は心配で仕方がないのだが。
「それ、身代わりの呪符に受けた呪詛をひっくるめて閉じ込めて、真っ二つにぶった切ったんですよ。
今回は、呪詛がまだ完全じゃなかったから出来たんですけどね。
普段やったら、失敗度高いですよ、この方法。やめてくださいね」
『やめろ、はこっちのセリフだろう、志之武君。
頼むから、自分の命は大事にしてよ。志之武君一人の身体じゃないんだからね、もう』
志之武のそんな軽口に、この志之武でもここまで危ない真似はそうしないことだけは確信して、少しほっとする。
それから、征士はしかし、眉をひそめる。
そんな危ない方法を、自分に何の相談もなしにとった志之武に、きつく叱ってやらなくちゃ、と思うのだ。
一方、志之武は、勝太郎の言う、志之武一人の身体じゃない、とのセリフに、一人で勝手に頬を赤らめていた。
勝太郎は、土屋家の将来を背負って立つ身だから、と言いたいのだろうが。
それよりまず、征士という恋人がいるのだから、と受け取ってしまったのだ。
それだけぞっこんな自分を再発見、である。そんな聞き間違いが、照れくさかった。
「わかってますよ。もう危ないことはしません」
『本当かい? 絶対だよ。征士君に、ちゃんと誓ってね?
俺より親父より誰よりも、一番心配してるのは征士君だろう?』
あ。
言われて、恋人を改めて見つめた。
少し怒った表情をしている征士を見つけて、少し肩を落とす。
「ごめんなさい」
『わかればよろしい。
征士君にも、ちゃんと謝りなさい。それから、すごい力を使ったんだから、今日はゆっくり休むんだよ?』
「はい」
少し気落ちした声で答える志之武に、勝太郎は優しげな声で夜の挨拶をし、電話を切る。
一瞬遅れて、志之武も携帯電話を置いた。
それを待っていたように、征士が志之武を、リビングのソファへ促す。
「何が言いたいか、わかるよね?」
しっかり座らせて、向かい合って、征士は自分の両膝に手をついた。大人しく座って俯く志之武の顔を覗き込む。
小さく頷いたのを受けて、軽くため息をついた。
「しのさんが何をするにしても、俺は、しのさんについていく。
それはもう、ずっと昔から決めていることだし、しのさんを信用してるから、特に不安でもない。
でも、それは、もし命の危険が伴うようなことならなおさら、一言言っておいてよ。
覚悟のつけ方が違うだろ?
しのさんを信じてる。それは嘘ではないけど、でも、それと心配とは別の次元だろ。
心配するべき場面で、その覚悟がついていなくちゃ、俺が心臓に悪い。
今回は無事に済んだから良かったけど、これで命に関わるような大怪我をするようなことになったら、いくら強いと言ったって、身がもたないよ」
「ごめんなさい」
悪いことをしたのは、自覚がある。だから、素直に謝るしかない。
実は、生まれ変わって再会して、はじめて征士に叱られた。
それだけ、自分と征士が近くなっている証拠でもあるのだが。
だからといって、喜んで良い状態ではない。
反省しているらしいのは見て取れて、征士は大きなため息を一つつくと、おもむろに立ち上がる。
「もう、寝よう? 疲れただろ? 俺も、疲れちゃった。
大物、二つも片付けたんだからな、忘れてると思うけど」
「え? 今日はおあずけ?」
ついさっきまでうなだれて反省していた人間の言葉とも思えないが、そんなとんでもないセリフを吐いて、志之武が顔を上げる。
その表情の真剣さに、驚いた征士だったが、それから、ぷっと吹き出した。
笑い出したら止まらなかった。
いつまでも笑っている征士に、そんなに面白いことを言った覚えのない志之武が、ふくれて頬を膨らます。
「なんだよぉ」
「しのさん、今の一言、最高っ」
さっぱり止まらない笑いをせっせと堪えようとしながら、征士が寝室に入っていく。
「しのさーん。おいでー」
ぽふぽふ、とベッドを叩く音付きで、征士の声が呼ぶ。
その呼び声に、ぱっと表情を明るくした志之武は、一目散に寝室に向かって走っていった。
最近、志之武の命令なしでも勝手に出てきて、いろいろ手伝っておいてくれる蛟が、いつの間にかリビングに現れると、玄関の鍵、部屋中の窓の鍵、付けっぱなしの電気など、家中の戸締りを確認し、現れたときと同様に、いつの間にか姿を消した。
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