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 ちかちかする目をしばたいて、何とか見えるようになった麟子は、周りを注意深く見渡す。
 屋敷にこれといった被害は出ていない。今までそこにいた志之武の式神たちが消えているほかは、これといって変わった様子もない。
 ただ、少し、空気が軽くなった。その程度だ。

 少し待っていると、隣にいた松安も、目が慣れてきたらしい。安心したように、ほう、と息を吐き出す。

 ほっとして、しばらくして、志之武と征士の安否が気になった。
 所詮自分たちは見物人でしかない。情けない話だが。当の術者たちは、あんなの光を発するほどの衝撃に、無事でいるのか。

 松安を誘って、少し慌てて、麟子は奥へと入っていった。

 奥の間では、志之武と征士が、背中合わせに座り込んでいた。
 力を使い果たした、といった風情に、怪我がないことを確認して、今度こそ、心底ほっとした。

 ふと、志之武がやってきた二人を見上げ、苦笑を浮かべる。

「みなさん、無事ですか?」

 そのように聞けるということは、術は成功して終了したらしい。
 周りを気遣えるということは、そういうことだ。えぇ、と麟子が頷く。

 麟子の隣では、松安が、かなり興味津々の表情でいて、しばらくは迷っていたが、それから二人の前にしゃがみこんだ。

「あの暗い色の光の玉は、何だったんだい?」

 それは、主に弟子に対して問いかけたものであったらしい。
 じっと自分の手のひらを見つめていた征士が、その問いかけに反応して顔を上げ、質問者を見上げる。
 そして、そっと目を伏せた。

「あれが、呪詛を実体化したものですよ。
 まだ完璧な呪詛まで育っていなかったのにあんな力があるんだから、完全に呪詛が完成していたら、防げなかったかもしれないな」

「ん〜。完成していなかった分、手加減する量が計り辛かったせいもあるんだけどね」

 答えてそう言って、背中合わせになっていた恋人の背中に抱きつく。
 そうして、志之武が征士の顔を覗き込んだ。

「辛かった?」

「もっと修行しないとな。しのさんの相棒としては、力不足だ」

 まぁた、そんなこと言って。
 そう反応して、志之武は今度こそ、嬉しそうにくすくす笑い出した。

 笑っている志之武を見ていて、やがて麟子がため息をつく。

「参ったわ。絶対かなわない。志之武さんって、天才だわ」

 それは、自分が誰よりも認めている相方の松安が、一人の男として認めた愛弟子に、まだまだ力不足だと言わせた、その実力を目の当たりにしたせいの、一言だった。

 そしてそれに、松安もまた賛同の頷きを返す。
 なにしろ、そんな相棒に対して、辛かった?などという気遣いができるということは、まだその辛さを軽減するだけの余裕があるということでもあるのだ。

 ということは、本当の力はどれほどのものなのか。見当もつかない。

「そんなこと、ないですよ。
 ほら、大切な人のためなら、120パーセントの力が発揮できちゃったり、するものじゃないですか。そういうことですって。
 自分のためになんて動く気ないですけど、大切なみんなのためなら、骨身を惜しみませんよ」

「昔から、そうですよ。しのさんは。自分のことは二の次で。もっと自分にわがままになって良いのになぁ」

 ねぇ、そう思いません?
 そう、話を振ったのは、惚気話ではなく、こればっかりは自分の言うことも聞いてくれない恋人に、説教をたれるためで。

 その真意に気づいて、麟子と松安は顔を見合わせる。

 確かに、志之武はもっと自分を労わってあげるべきだと思う。
 父親にあれだけ虐められてもなお、肉親に対する情を忘れないのは、異常とも言える。

 今回の呪詛も、術の目的が自分と土御門家であるということまでわかっていて、おそらく父親にはしっぺ返しが行かないように配慮しているのだ。
 その代わりに、自分が余計な力を使って息を切らせても、甘んじて受けてしまう。
 それは本来、呪者にこそ返るべきものであるにもかかわらず、手元にとどめて打ち消してしまう。
 それだけの技術力があるから出来ることだが、普通はそんなまどろっこしいことはしない。
 陰陽師として、しっぺ返しは当然の報いのはずなのだから。

 ただし、その行為はそのまま、肉親からの情に飢えている証でもあって。
 当然のものが受けられないから、代わりに自分が親の分まで情を注ぐのだから。

「そうね。志之武さんは、もっと自分にわがままになるべきだと思うわ」

 何でも他人を優先しないで、たまには自分のために、持てる力を使って欲しい。
 そうでないと。

「今のまま、御父上に報われない愛情を向けていても、貴方が傷つくだけよ。
 精神が病んでしまう前に、自分を助けてあげなきゃ」

「大丈夫ですよ。基本的に、わがまま体質ですもの、僕は。ねぇ?」

「あれは、わがままじゃなくて、思いやり。日本語は正しく使え」

 あれ、とはどれを差しているのか。具体的事象を指しての言葉ではないのだろう。
 実は本人よりも良く理解している征士にそう断言されて、志之武は軽く肩をすくめ、苦笑するのだった。





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