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 庭にしつらえられた祭壇は、ごく簡単なものであった。陰陽師修行の初歩の初歩として、誰もが一度は学ぶ形だ。
 基本的に、どんな呪詛にもこれで十分であった。後は、必要に応じて追加もしくは省略するだけである。
 志之武も、白の狩衣姿に着替えると、その祭壇の前に立った。
 志之武が着替えるということは、よほどの事なのだろう。

「せいさん、必要な距離まで襖開けてきて」

「OK」

 了解して、征士がその祭壇の背後の部屋へ、勝手に入っていく。
 行儀悪くも、襖を開け放して、ずんずん奥へ進んでいくのは、つまり、それだけの奥行きが必要だということだ。

 一番奥の部屋まで開け放って戻ってきて、征士が少し困った表情をした。

「ちょっと近いな」

「いいよ。その分前から術をかけるから」

 言いながら、胸の前で合わせていた両手に挟んでいた紙を、祭壇に置く。
 何かの念を籠めていたらしいのだが。

「皆さん、この通りには絶対に顔や手を近づけないでくださいね。最悪、なくなっちゃいますから」

 恐い忠告を残し、志之武と征士が奥の部屋へ入っていく。
 志之武が今までいた場所には、幼い男女が残されていた。京都で見たことがある、志之武の式神の二人だ。

 去っていく二人を見送って、紅麟が困ったような苦笑を浮かべた。

『土御門のご当主』

 それは、主人のいないうちを狙ったのか、麟子に対して話しかけた声だった。
 普通、式神というのは、主人以外とは自ら話すことなどないはずなのだが、この紅麟といい、蒼龍といい、志之武の式神たちは、常識はずれなことこの上ない。

『志之武は、不幸な星の生まれでのう。
 普通の人間には備わらないはずの霊力を持って生まれてきてしまう因縁がある。それは、もう、前世から引き継いでいるもので、きっと来世でも苦労するのじゃろう。
 だからこそ、周りで助けてやらねばならぬ。我ら式神の身分で出来ることなどたかが知れておる。だから、頼みたいのじゃ。
 志之武を、助けてやってはくれまいか』

 式神から、そんな頼まれ方をしたことに、麟子は驚いて目を見開いていたが、やがて、大きく頷いた。

「任せて。土御門の当主として、それ以前に、志之武さんの友人として、出来る限りのことはさせてもらうつもりよ」

『それを聞いて安心した。僕からも、お願いします。これは、志之武の式神全員の願いですから』

 それは、紅麟の隣でまっすぐ前を見つめていた、鳳佳の言葉で。
 無口な性質だと思っていた麟子が、その彼を思わず見つめる。

 ふと、二人の式神の表情が険しくなった。

『バレて力を引っ込めるかと思ってたけど、反対に強気になっちゃったな』

『志之武に感づかれたのがわかったのじゃろうが、観念して諦めればよいのにのう』

 表情の割に危機感のない軽口を言い合って、二人そろって、両手を前に差し出した。

 突然、屋敷を覆う結界が青白く光だす。

 二人が差し出した両手の前方に、どす黒い、としか表現しようのない、暗い色をした眩しい光が寄り集まってくる。
 どんどん膨れていくそれは、やがて人間一人分くらいのサイズにまでなった。

『行くぞ、志之武っ』

 紅麟の叫び声が、合図だった。
 二人が同時に手を引っ込め、それぞれ左右に飛び退る。
 その二人の丁度真ん中を、どす黒い光の玉が、勢い良く通り過ぎて行った。

 屋敷に飛び込み、奥まで一気に駆け抜ける。

 かっ。

 本当に、そんな音がしたようだった。

 まばゆい光が、屋敷の奥から発せられ、屋敷内外のすべての人の目に、少なからぬ障害を与える。

 それはまさに、一瞬の出来事であった。





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