13
そう思って、征士はふと、納得してしまった。
確かに、血縁に対するこだわりは、志之武にある。あって当然なのだ。
前世では、孤児だったのだから。親兄弟の存在に憧れていたのだから。
納得して、征士は困ってしまった。
それこそ、見限っちまえ、と言うのは簡単なのだ。
ただし、それで志之武が幸せになれるのか。征士には、もちろん、と言える自信がない。
夫として、志之武を幸せにしてやる自信はもちろんある。この世の誰より、愛してあげられると思っている。
ただし、それとこれとはまた別なのだ。親子の絆は、そう簡単に切れるものではない。
例え、自分に危害を与える相手であっても。
「思い知らせてやったほうが、きっと、いいんでしょうね。そうしましょうか?」
考え込んでしまった征士と反対に、志之武ははっきりと顔を上げ、そう言った。
いろいろ考えて、きっと理性的に一番良いと言えるパターンを捻り出したのだろう。
志之武がそう考えたのなら、他人である自分が口を出す必要はない。征士はそう思う。
他人だから、などと言えば、志之武は怒るのだろうが、こればっかりは仕方がない。
代わりに、麟子が志之武の顔を覗き込む。
「それで、良いのね?」
確かめられて、志之武は苦笑した。そのまま、くすり、と笑って見せる。
「僕の感情よりも、土御門のプライドの方が重要だと思いますよ。麟子様」
つまり、それがその結論の理由で。
そう、と麟子が頷く。それが理由だと言うのなら、土御門家のトップとしては、他に言うこともない。
いや、言えることもないのだろう。
「なら、長老会にそう提案してきましょう。呪詛返しは、お願いできる?」
「えぇ」
もちろん、と頷いたのを受けて、麟子は早速部屋を出て行った。
代わりに、騒ぎを敏感に感じ取った松安が入ってくる。
志之武が、返事と裏腹に辛そうな表情をしているのに、征士はその肩をそっと抱き寄せる。
「俺は、何をしたら良い?」
「斬って欲しいものがある」
征士の肩におでこを乗せ、うつむいたまま、志之武はそう言った。
それは、征士が誰にも譲れないと自負する仕事だ。何を斬るのかも聞かないまま、承知して見せるのだ。
そんな二人を、松安は驚いて見ていた。阿吽の呼吸もここまでとは。
やがて、少しも待たないうちに、麟子が帰ってきた。
「祭壇は表の庭で良いわね? 呪力自慢を五人ほど手配したから、自由に使って頂戴。
私は、足手まといになるようだったら奥に引っ込んでるけど、どうする?」
自分の定位置に戻りながら、そう言う麟子を見上げて見送って、志之武は首を傾げた。
人手は嬉しいが、何を振ったら良いのかわからない、といった所か。
呪力自慢といえば、いずれも自分より目上に当たる。そんな人たちを、あごでこき使うわけにもいかない。
「式神たちにさせる仕事で、人間にでも出来ることを任せれば? 呪力にも余裕が出来て一石二鳥だろ?」
「そうだね。お屋敷の結界、お願いしようかな?」
他には任せられない、という意味なのか、他に仕事がない、という意味なのか。
その辺りが微妙に理解できないのだが。
「一緒にいらしてください。面白いものをお見せいたします。
せいさん、どのくらい遠くからが良い?」
「昔の半分。……いや、昔くらいが良いかも。勘がいまいち」
何をしたいのか、言葉にして二人とも言っていないのに、伝わっているらしい。
訳がわからず、麟子と松安は顔を見合わせた。
「何をするの?」
「呪詛を実体化します」
「それを、俺が真っ二つに斬って捨てるんです。非常識でしょう? 昔っから、この方法でしたけどね」
「呪詛が強いときは、術者の命の保障なんて構っちゃいられないんですよ」
ふふん、と笑って見せるのは、いつもの気の弱い志之武らしくなく、それはでも、征士には見慣れた表情のようで、頼もしそうに征士が笑って頷いた。
行こう、と志之武の肩を叩き、立ち上がる。
丁度、祭壇の準備が出来た、と女中頭のヨシが報告に来たところだった。
[ 208/253 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る