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 本当に焦っていたらしい。
 本来、Sランクの陰陽師ですら、十日から十五日ほど祈祷を続けて処理するレベルの厄介な仕事を、志之武はたった四時間で片付けてしまった。
 しかも、ほとんどの時間を、依頼人とのお喋りに費やしている。状況と事情と現象を正確に把握した上で、祈祷して呪詛を追い払うのに、実際に使った時間がわずか二十分である。
 きっちり後処理もして、一週間分の守護結界まで施して、依頼人が引き止めるのを丁重に断ってとんぼ返りしてきた。
 ちなみに、往復も、公共の交通機関を使わず、蛟の背に乗って、という急ぎ方である。尋常ではない。

 それでも、冷静に仕事を片付けられたのは、征士が傍らでちゃんとチェックしていてくれたからだ。
 依頼人と話をしていたときも、志之武の隣でメモを取り、祈祷中も後ろに控えて見守っていてくれた。
 でなければ、きっと何かしら忘れて帰ってきたに違いない。

 戻ってきた志之武と征士を、麟子は一人、自室で待っていた。
 戻るなり、女中頭のヨシに案内されて、いつもの謁見の間ではなく、自室に通される。

「ちょうど、今日は長老会の定例会の日なの。御歴々はお座敷で何も知らずにお話されてるわ。私が行くまでは一人も欠けないようお願いしてるから大丈夫だと思うけど。
 で、どうしたらいいかしら、志之武さん」

 まったく当主らしくない言葉だが、今回ばかりは麟子も下手に出た。
 というのも、警告されて用心深く屋敷を調べて、ようやっと何らかの呪詛がかかっていることに気づいたのだ。
 志之武に促されなければもうしばらく気づかなかった。

「麟子様しだいです。全面戦争するか、隠密的に返すか」

 全面戦争、という言葉が表す意味を、麟子はふと考え込み、それからはっと顔を上げた。
 つまり、土屋からの攻撃、だ。
 征士も驚いたように相棒を見つめる。志之武は少し暗い表情だ。それを見て、征士はその頭を抱き寄せる。

「言えよ。自分の中に抱え込んでおかないで」

「ん。大丈夫。抱えてないから。戻ってきて、気づいたんだ。これ、父上だ、って」

 だから、黙ってたのはほんの数分だよ。そう言って、志之武は儚げに笑う。
 さすがに、土屋家まではわかったものの、紘之助本人であるとは思えずにいた二人が、またまた驚いた。
 それから、志之武がこれだけショックを受けていることに、かける言葉を失う。

 まだ、ふっ切れていないのだ。父親のことを。
 志之武にしてみれば、父親を差し置いて後継者に推された立場で、気兼ねする気持ちが残ってしまっている。
 それに、やはり父親であるというこだわりが抜けていない。

「あなたは、どうしたいの?」

 それは、志之武の気持ちを尊重するつもりで聞いた言葉だった。
 この際、問題なのは、土御門家のくだらないプライドなどよりも、志之武の父親との対立である。
 これを、どうするかによって、今後も決まってくる。

 尋ねられて、志之武は首を傾げた。
 きっと、悩んでいる。父親に対して当たり障りがないように、普通に返してやるか、志之武自身の力を見せつけて抵抗心を奪うか。
 志之武には、どちらも可能で、だからこそ考えてしまう。
 一気に片付けてしまうのは簡単だが、それによって、志之武と父親の関係は修復不可能になってしまう。
 志之武は助言役に徹して土御門の人間に呪詛返しをさせれば、とりあえず現状維持で問題を先延ばしにできるだろう。
 どちらが現在最良の選択なのか、志之武には判断ができないのだ。

 征士にしてみれば、志之武を長い間苦しめてきた父親を恨む気持ちも手伝って、さっさと懲らしめてやれば良いのに、と思うのだ。
 仲直りする必要など、あの父親にはまったくない。そもそも、人間として許せない。
 志之武だって、仕事で同じ状況に遭遇したら、父親を見捨てることを、悩むことなく選ぶはずなのに。やはり、血がつながっている、というところにこだわっている。





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