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 今日は、征士は恩師のところへ出かけていた。
 毎日、マンションの屋上に出て素振りの練習をしている征士だが、仕事がない時は、時々こうして師匠の下へ出かけていって指南を受ける。
 もう教えることはない、と松安は言うのだが、それでも、その修行する様子を見ていていろいろ助言がもらえるのだという。

 地下鉄私鉄を乗り継いで、土御門家に着いたときには、正午を数分回っていた。

 今日は松安も征士も、屋敷内の鍛錬場で修行中であったらしい。
 ちょっと待ってろ、と受付嬢に言われて待っていると、彼女に連れられて袴姿の征士がやってくる。
 淡い色のその着物は、それ自体は清楚なイメージのはずなのに、征士が着ると何故か色っぽく見えるから不思議だ。
 着慣れているせいだろうか。

 二人揃えられたということは、SSクラスの仕事である。
 霊剣術師が必要な物件の場合、二人揃って話を聞くことが義務付けられている。

 渡された資料には、依頼の概要、事前調査の結果、該当物件の背後関係、近辺の人間関係、現況などが事細かに記されている。それだけあっても必要な情報の半分程度しかわからないのだから、この仕事は奥が深い。

 資料に目を通していて、志之武はふと顔を上げた。

「いつからだろう?」

「あ? えぇと、一週間前か。結構悠長だな。事の割りに」

「それじゃなくて」

 いつから、などというから、この物件のことだろうと判断した征士が、資料に目を通す。
 それを、志之武はあっさりと否定した。資料を見ていたはずなのに、今の志之武はきょろきょろと周りを見回している。
 それから、征士を見返した。困ったように首を傾げ。

「鳳佳。侵食具合チェックしてきてくれる? それと、紅麟。麟子様の様子を見てきて」

『はいな』

 少女の声が答えて、少女の変わりに赤い猫が志之武の膝から飛び降りた。そして、屋敷の奥へと駆けていく。
 それを見送って、征士は不思議そうに志之武を見返した。

「どうした?」

「お屋敷、呪いがかかってる」

 はぁ? 思わず聞き返した。
 何しろ、ここは土御門陰陽道の本拠地だ。精鋭陰陽師たちが入れ替わり立ち代り訪れる屋敷でもある。
 その場所に呪いをかけられて、これだけ静かなわけがない。どこか騒然とした雰囲気があって当然であるし、志之武ほどの力を持つ陰陽師であれば、真っ先に呼び出されるはずだ。
 もし呪われているのが本当だとすれば、志之武以外の誰も、まだ気づいていないのだ。

 志之武の独り言に近い言葉に、事務を任されている女性が、驚いて目を見開いた。

「本当ですか? 私程度ではわかりませんが、それが本当なら、長老会を招集しなくちゃ」

「待って。今、式神たちに見に行かせました。報告を待ちましょう。
 ここまで慎重に隠して来てるってことは、こちらの反応にも慎重になっているはずです。
 犯人を見つけられなくなると、困るでしょう?」

 そこに、金の小鳥が飛び込んできた。志之武に体当たりするギリギリで止まり、宙返りをする。そして、ポトリと落ちた。
 その場に、入れ替わりに少年が姿を見せた。

『ここで報告するか?』

「狙いは僕?」

『と、ここの当主さんだ。呪場はずうっと遠く。もう、五日ほど前からだな。
 ただ、呪力が弱くて、その辺全部曖昧。詳しく見るには、もうちょっと本格的にやんないと、俺でもわからない。
 まだまだ呪詛半ばってところだけど、油断できないところには来ているぞ』

『当主さんはご無事じゃ。っていうか、気づいてないぞよ』

 もう一つ、少女の声がして、それと一緒に鳳佳の隣に、その姿を現す。
 金色の少年と赤い少女。どちらも、存在感が希薄なところが精神体である事を示している。
 志之武の式神で、金色の少年が鳳佳。赤い少女が紅麟だ。

『どうするのじゃ?志之武。仕事があるのじゃろう?』

 指示を促す紅麟と、鳳佳が、志之武を見上げる。
 志之武は、さすがに考え込んでしまった。
 今見た次の仕事の資料を見る限り、こちらの処理が先のような気もするし。だからといって、土御門の本家を放っておくわけにもいかない。
 誰の仕業だか、まだわからないのだ。いつ牙を剥くかもわからない。

「鳳佳、ここのお守り、頼める?」

『わかった』

『わらわはどうすれば良い?』

「紅麟は、お仕事のお手伝い。ちゃっちゃと片付けて来よう」

 ね、と言った先は征士だ。そうか、と征士は頷いた。
 志之武が判断したことには、征士が異を唱えることがない。
 こと、呪術に関する志之武の判断には、志之武なりの根拠があり、大抵大当たりなのだ。
 今のところ、征士が知る限り、百発百中である。下手に異を唱えないほうが利口である。

「多摩子さん」

 呼びかけた相手は、この資料を二人に手渡した担当の事務員である。名前を覚えていたらしい。
 名札をつけているわけではないのに、パートタイマーの事務員の名前を覚えているのだから、さすがである。
 これでも、事務を任されている人間は、十人を下らないのである。

 はい、と答える彼女に、志之武は真面目な顔でお願いをする。

「呪詛がかけられていること、麟子様に伝えてください。慎重に動くように、っていう事と、実際の呪詛返しは僕が帰るまで待ってくださいって」

「承知しました」

 すっと立ち上がり、多摩子が奥へ立ち去っていく。
 志之武も征士を促して立ち上がった。





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