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それから、1ヶ月が経った。
梅雨入りもまだの6月。からっと晴れたその日差しは、一年で一番過ごしやすい陽気だ。
志之武はその日、自宅の日の当たる部屋で、お昼寝マットを敷いて寝転がっていた。
身体の丸め方がまるで猫である。
志之武の周りには、赤い猫と金色のカナリヤ大の鳥が、これまた丸まって眠りを貪っていた。
本人たちは用心棒のつもりらしいが、一緒に寝ていては頼りないことこの上ない。
窓を開けて網戸をかけた状態の窓から、心地よい風が吹き込んでくる。
太陽の光を遮らないように寄せられたカーテンが、風にあおられてひらひらと揺れた。
実にうららかな午前十時であった。
この部屋に電話は引いていない。携帯電話で十分だ。
その、志之武の携帯電話が、充電器の上で音を立てた。
志之武は気づかずに寝ているが、それを取る手がある。
通話ボタンは押さずに、志之武の元へ持って行った。その間も呼び出し音は鳴り続け、途中で止まる。
『志之武。電話が鳴ったぞ。起きろ』
空気を伝わらず直接頭に聞こえてくる声で、彼が志之武を起こす。老齢を思わせるしわがれ声だが、外見は志之武と同じくらいの年代の好青年だ。
そのギャップが、彼の過去を表しているのかもしれないが。
『起きろというに。事務局からじゃぞ』
「ん〜? 電話ぁ?」
思いっきり寝ぼけた声で、やっと志之武が目を覚ます。
その反応まで寝ぼけていて、電話を持ってきた青年がくっくっと笑った。
『電話じゃというておる。起きろ』
叱られて、起き上がった志之武は、それから手をそちらに差し出した。
主人を叱る式神など、後にも先にも志之武の式神たちだけだろう。それに、志之武も甘えてしまっている。
普通は、式神とはいえ意思を持った生き物なのだから、他人に操られるのを良しとするはずがなく、手綱を緩めれば逃げ出していくもののはずなのに。
今の志之武は、おそらく何の呪力も霊力も使っていない。
それでも、これだけ懐いていて、主人を叱るくらいに好いているのだから、これはもう、人徳のなせる業だろう。
電話を受け取って、志之武はそこに起き上がる。
志之武が起きたのを悟って、一緒に寝ていた猫と鳥も、目を覚ました。
受信履歴の一番最後を確認し、電話をかける。
そこに電話帳に記録されていた名前も表示されていて、だからこそ電話を持ってきた彼も相手がわかったのだが、それは土御門家の事務局だった。新しい仕事の依頼だろうか。
「土屋です。お世話になります。先ほどお電話いただいたみたいなんですが」
土屋志之武の名は、この土御門家でもすでに有名になっていた。
女性に見紛うほどの美貌、その家柄、そして、すでにSSクラスの仕事を任されるようになっていたその実力。
どれをとっても、噂せずにはいられない格好のネタである。特に噂好きの女性たちが、これを見逃すはずもない。
甘えてくる猫と鳥を膝に乗せて、まだ眠そうに目をこすっていた志之武である。
わかりました、と声だけは起きているようにはっきりさせて、返事をして、電話を切った。
猫と鳥と青年に、それぞれ視線を向けられて、志之武は大きく欠伸をした。
「仕事だって。呼ばれたから行ってくるね。蛟、留守番お願い」
『うむ。ということは、帰ってくるのだな?』
「多分ね。来られなかったら呼び出すよ」
『承知した』
青年は頷いて、そこから姿を消す。
猫と鳥は、自分は?というようにつぶらな瞳を志之武に向けている。
志之武としては、別にこの二人を呼び出した覚えもないらしい。見下ろして、苦笑する。
「一緒に行く?」
その問いかけに、喜んだらしい。
猫が「にゃおん」と鳴き、鳥が羽を広げて宙に飛び上がる。
志之武は、猫を抱き上げると、そこの窓を閉めて、リビングへ出て行った。
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