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 途端に、つづらを準備した家人たちが囁きあい始める。
 諌めたのは、当土屋家当主、雄一郎である。

「静かに。志之武側は全問正解じゃ。それで良いな?」

 さすがは当主。威厳に溢れている。
 もし家人が入れた中身と物が違うのだとしても、ルール違反ではないのだから、誰も異は唱えられない。
 反対意見がないのに頷いて、当主は先を促した。
 受けて、麟子が軽く頷く。麟子の隣に立つ松安が、つづらに貼り付けられた紙をはがし、大きな声で読み上げた。

「マムシ、1匹」

 聞いて、思わず征士は腰を浮かせた。
 声とともに蓋を開け、麟子がつづらの中身を覗き込む。
 そして、皿の上に空けた。
 そこに出てきたのは、硬く丸い円盤で。陰陽師たちが使用する占星術のアイテム、占盤であった。

「占盤が一つ。誤りです」

 高らかに宣言し、それを手に持って、全員の目に入るように頭上に掲げた。
 その麟子の仕草は多少誇らしげである。
 勝負あった。誰が見ても、これは志之武の勝ちだ。

 志之武の味方であった女中衆や雄一郎付の側近たちが嬉しそうに顔を見合わせて喜びを分かち合う傍で、紘之助の一派の人間、現在の土屋家構成員の大多数なのだが、彼らは苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向く。
 やがて、その中でも若い部類に入る、おそらく志之武よりも年下の青年が前へ進み出た。

「恐れながら申し上げます。私、つづらの用意を担当させていただきました。マムシは……」

「それ以上は言わぬが良い。志之武の力をさらに証言するだけのことじゃ。
 マムシは紘之助の第一のつづらに入れたはずじゃというのじゃろう。
 志之武。中身を入れ替えたな?」

 青年の訴えを途中で遮って、雄一郎はそう言って孫に目を向ける。
 志之武はそれに軽く笑い、頷く。

「麟子様の開けるつづらにマムシなんて物騒なものを入れたら、土御門の方々に、土屋家に叛意ありと難癖つけられて制裁を受けてしまいます。
 ねぇ、麟子様?」

「そうねぇ。普通はそう考えるわね」

 答えて、麟子はくすりと笑った。
 そこまでの難癖をつける者など、少なくとも麟子の周りにはいない。不可抗力と考えるだろうし、そうでなくとも、麟子がマムシ程度の蛇に噛まれるなど、考えもしないからだ。
 だが、志之武がそう言うのだから、肯定しておいたほうが後々楽しそうである。そんな判断だった。

 一方、そんな風に遠まわしに咎められてしまった紘之助方の家人たちは、はっとして主人を見やった。
 紘之助は紘之助で、悔しそうに唇を噛んでいる。
 そんな息子を、雄一郎が哀れみの目で見つめた。

「ともかく、これで勝敗は決まった。
 皆の者、異存はないな。
 当日この時間より、土屋家次期当主は、我が孫、志之武とする。
 紘之助には今後も土屋家筆頭家臣として、家内の一切を取り仕切ってもらう。
 そなたは、自らの立場をわきまえ、土屋家発展のため、全力を尽くすよう。期待しておる」

 以上だ。そう、高らかに宣言して、雄一郎はその場に立ち会った土御門家当主を見やる。
 そして、深々と頭を下げた。

「今後とも、なにとぞ志之武をよろしくお願いいたします。
 志之武。しばらく東京の土御門殿の下にて修行しておいで。立派な後継者として戻ってきてくれるのを待っておる」

 その言葉は、ここに集まった全員が、驚いた。
 志之武や征士、勝太郎なども例外ではない。
 自分の手元に置いて育てたいと、そう言われると思っていた。思わず勝太郎が父親の顔を覗き込む。

「よろしいのですか? 父上」

「良い。それと、勝太郎。そなたは志之武の後見人として、志之武を助けてやってくれ。勘当を解く代わりじゃ。引き受けよ」

 それは、言われなくても、と頷いた。その返事に満足そうに頷いて、雄一郎は立ち上がる。

「土御門殿。奥で茶でもいかがです?」

「えぇ。でしたら、お言葉に甘えて」

 雄一郎の誘いに、麟子も立ち上がる。
 それは、実質上のトップ会談で、その二人が奥へ下がっていくのを、全員は平伏して見送ったのだった。





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