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 大丈夫だよ。昔の能力で引継ぎしなかったのは巫女体質だけだから。

 初めて、それを教えてくれたのは、つい数分前だ。
 それは、その一言だけで、征士を安心させるには十分だった。その一言が、聞きたかったのだ。

 そもそも、なんて時代錯誤な、と征士は半ば呆れていた。

 いくら力比べとはいえ、まさか、つづらの中身を当てあうなどという古典的な方法をとるとは思わなかった。
 確かに、その方法がもっとも短時間で誰の目にも結果がわかりやすい方法なのだが。
 つづらは、それぞれに10個用意された。中身は土屋家の家人が用意しているので、どう贔屓目に見ても、父親側に有利である。
 なにしろ、答えを耳打ちすれば、百発百中だ。対する志之武は、家内に味方も少ないため、実に公平ではない。

 それでも、当の志之武がそれで良いと言うのだから、他の人間が異を唱えることもできず。
 征士の周りにいる、土御門からの客人たち、それに志之武の味方を自称する人々が、心配そうに見守っている。

 用意されたつづらは、全部で20だ。それぞれ別々の内容で、一つとして同じつづらはない。
 中身を当てて紙に記し、つづらに貼り付けていく。すべて出揃ったところで答え合わせをする。
 どちらも全問正解であったなら、また別のつづらを用意する。それを何度も続けていって、間違いが出たところで勝敗を決する。
 そういうルールであった。

 つづらの用意が終わるまでは、二人とも目隠しをされて後ろ向きに座らされている。
 一応、公平を期すためだ。

「お支度整いました」

 それは、火急の呼び出しを受けてとんぼ返りしてきた利三の声である。試合開始の合図でもあった。
 目隠しがはずされる。

 振り返った志之武は、その途端に、手元にある紙にさらさらと書き付けていった。
 筆ペンの使い方も慣れたもので、しかもなかなかの達筆である。

 一方の紘之助は、すぐさま立ち上がると、つづらに近づいていった。
 一つ一つをじっくりと眺めながら、紙に内容を書き付けていく。
 紘之助が五つほど回ったところで、志之武は紙をつづらに貼り終えたらしい。自分の控え席に戻っていった。

 最後の一つに紘之助が答えを書き、席に戻っていったところで試合終了である。
 答え合わせは、それこそ家人がすれば入れ替えも可能になってしまうため、紘之助側は麟子と松安が、志之武側は堀野とお目付け役の利三が、それぞれ行うことになった。利三がいれば、中身を替えられることもないだろう。
 ただし、試験者が術を使って中身を入れ替えたとしても、それは許可とされていた。
 何しろ、陰陽師同士の対決である。その位しなければ、いつまで経っても勝負がつかない。

 先に開けたのは志之武の方のつづらである。

「一つ目。蜜柑5つ」

 紙に書かれた答えを堀野が読み上げ、同時に利三がつづらの蓋を開ける。そして、二人同時に中を覗いた。
 それから、そこの浅い皿に中身を逆さまにして空ける。衆人に見えるようにだ。
 一つ目はあたりである。

 二つ目はカエル3匹。
 三つ目は縄紐が8本。
 志之武の答えは、まるで中身を知っているかのように正確で、絡まった糸の本数まで言い当てていた。

「二十個目。蛇1匹」

 途端に、家人たちが顔を見合わせた。
 ここまで順調に当ててきたのも、最後の最後でつまづいたかもしれない。

 ところが、出てきたのはまさしく蛇が1匹。
 しかもそれがマムシで、空けた途端に二人は逃げ出した。
 志之武だけが、くすりと笑う。
 そして、手元の紙を二つ折りにして投げた。
 その紙は、ただ二つ折りにしただけでは、空気の抵抗にあってすぐに落ちてしまうはずなのに、まるで紙飛行機のように鋭く宙を渡り、蛇の喉元に折った紙の角が突き刺さった。
 興奮して威嚇していた蛇が、へなへなと崩れ落ちる。





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