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 志之武が祖父とともに庭に出たとき、そこにはすでに父、紘之助の姿があった。
 土屋家に詰めていた陰陽師を総動員して、屋敷の警護に当たらせるよう指示を出している。
 祖父の背後に隠れるようについてくる息子を一瞥し、ちっと舌を鳴らす。

 紘之助に近づいていった祖父が、目の前に仁王立ちする。

「何をやっておる。屋敷の守護などよりも、あれを何とかするのが先であろう。利三っ。利三はおらぬか!」

「父上。利三は大阪に出かけましたよ。昨日頼んでおいたので」

 む。案外落ち着いた声でそう言われて、当主、雄一郎は押し黙ってしまった。
 それから、ふと気づく。利三はこの家の執事であり、本来雄一郎の命令しか聞かないはずである。だからこその側近だ。
 その利三を、いつの間に紘之助が使うようになっていたのか。

 だが、今はそこを咎めている場合ではない。ならば、と雄一郎は視線をめぐらせた。

 先に目的の人物を見つけたのは志之武の方だ。

「二三子さんっ。お願いがあるんですけど。祭壇の準備、できますか?」

「はい」

 それは、祖父の考えを何も聞かないうちに察していたことを示していて、少し驚いたように雄一郎は孫を見やった。
 てってっと走っていく二三子を、転んじゃうよぉなどと呟きつつ見送る孫が、急に頼もしく見えた。

 いつも、本家の祭壇を立てるのは利三の役目である。
 陰陽師であるからには誰でも一応できることはできるのだが、彼ほど完璧なものは、そうそう簡単にはいかない。

 それでも何とか出来上がっていく祭壇を、志之武はぼんやりと眺めていた。
 その背中は頼りなさそのもので、紘之助は息子も父も放って、仕事着に着替えるために屋敷に戻っていった。
 周りでは、土屋家所属の陰陽師たちが右往左往している。

 志之武としても、別にできることがなくてぼうっとしていたわけではない。
 この家にいるとぼうっとしてしまうのは癖になっているので仕方がないとしても、とりあえず、考え事中であった。

 そもそも、何故今突然、菅原道真公が、この屋敷をピンポイントに狙ってきたのか。その理由がわからなければどうしようもないのだ。
 何かする前に情報収集をしなければ、応急処置が間違っていることもありえる。
 こんなときこそ、冷静に見つめなければならない。

 しばらく眺めていて、父親が狩衣に着替えて戻ってきたその時、志之武の表情に笑みが浮かんだ。
 それは、誰も自分を見ていないことをわざわざ確かめての表情だったが、ふと志之武を見やった祖父が、その顔を目撃して驚いている。

「志之武。そなた……」

「蒼龍。紅麟。鳳佳。蛟」

 声をかけかけた祖父の声を遮るように、志之武が誰かを呼んだ。
 呼んだ相手はどうやら4人のようだが、そもそも志之武の前方に人はなく、呼ばれたどれも、当主である雄一郎の知らない名前で。

 呼ばれた声にしたがって、何もなかった志之武の前方に、かしこまった4つの影が現れた。
 それは、他人が式神を呼び出した時と同じ感覚で、ただ、現れた4人の姿に雄一郎が目を見張る。
 それは、どれも古代中国王朝の王家の人間が着るような、そんな衣装を身にまとっていたからだ。普通の式神ではありえない姿である。

 呼ばれた4人は、青年が二人、少年が一人、少女が一人。

「何か企んだでしょう。蒼龍」

 志之武が何の前置きもなくそう言うのに、雄一郎は目を見張る。
 それだけで相手に伝わるというのも驚きだが、「企む」という言葉が、あまりに物騒で興味を引く。
 志之武はじっと、青い着物に青い髪の青年を見つめていた。
 見つめられた彼が、口を開く。
 その口の動きと表に出てきた言葉が一致しないことに、さらに驚く。そもそも、口の動きは日本語を喋っていない。

『私ではありませんよ、志之武。責めを受けるなら貴方の旦那であるべきです。
 ただ、一つお詫びを。今生の貴方にお会いする前に、土御門のご当主に、貴方の式神として、ご挨拶させていただきました。問題ありましたか?』

「いや、ないけど。いいの? まだ、契約してないよ?」

『前の契約が、切れていませんよ。志之武』

 にこり、と微笑んでそう言う蒼龍に、少し頭を抱えた。それから、背後で驚いている父と祖父を振り返る。
 それに合わせて、4人が本来の姿に戻る。それはきっと、自慢の主君、志之武の力を誇示するため。
 青い着物を着ていた蒼龍は、青い龍の姿に。
 赤い着物を着ていた少女は、赤い麒麟の姿に。
 金の着物を着ていた少年は、金の鳳凰の姿に。
 緑の着物を着ていた青年は、蛟の姿に。
 それはまさに、圧巻であった。





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