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 遡ること一時間。

 京都駅に着いた征士は、すぐさまタクシーを捕まえて、北野天満宮へ向かった。

 いくら陰陽道の大家、土屋家の次期当主で、並以上の力を持っているとしても、菅原道真の怨霊本人を相手にあっさり処理できるほどではないはずだ。
 この際、ご本人にご登場いただき、ついでに仲良くなってしまおう、というのが征士の企みであった。

 世の中便利になったものである。東京−京都間、二時間かからないで着いてしまう。
 昔はその間を歩いて旅していたのだから、時代の移り変わりという力は途方もない。

 すっきりと晴れた朝である。

 土御門家を飛び出したとき、空も白み始めた午前四時であった。
 それから少し待って、東京駅で博多行き始発新幹線に乗り、こうして京都の町に着いた。
 土御門家を飛び出したのは、始発電車に間に合うためだった。だから、まだ八時である。
 人通りもまばらで、駅とオフィス街だけが通勤の人で溢れていた。

 そんな時間であるから、当然北野天満宮にも参拝客はなく、宮司が境内を掃き清めていた。
 観光で訪れていたなら、風情あるその光景に気持ちも和らいだだろうが、征士は今、それどころではない。
 境内に足を踏み入れて、真っ先に本宮へ向かった。

 どうも、将門と道真は似ているらしい。
 大怨霊として時の権力者に恐れられたはずの彼は、階段に足を投げ出して、欄干に寄りかかっていた。
 やってきた青年を一瞥し、すらりと立ち上がる。

『そなたが中村征士とかいう輩であるか』

 階段を下りてくる姿も堂々としたもので、さすが一時は右大臣の位を授かっていただけのことはある。

『将門殿より話は聞いておる。かの大怨霊が目を細めて可愛がる相手の一大事となれば、恩を売っておくのも悪くない。手伝ってやろうぞ』

 いったい将門はどういう頼み方をしたのか、道真は完全に面白がっている。
 だが、そもそも志之武との面識がなく、将門の猫可愛がりようしか判断基準がないのだから、仕方のない話だ。

 と、そこに、征士も見慣れた姿が現れた。
 霊体であるから、基本的に透き通っているのだが、彼の姿はそれにも増して儚げだ。江戸−京都間の長い距離を隔てて、姿だけを送ってきているらしい。
 それは、神田神社にいるはずの、将門の姿であった。

『やっと着いたか、征士郎』

「いつになったら、その呼び名、変えてくれるんですか?」

 とりあえずそこを突っ込んでおいて、征士は柄にもなく、感動してしまった。
 東と西の大怨霊が二人揃っている。こんなことは有史以来初めてではなかろうか。

 征士の抗議に、まったく気にしていないように笑って、将門は道真に向き直る。

『脅してやるだけで良いのだ。公にとっては、さして苦でもなかろう?』

『ふん。そんな挑発をかけると、手加減せぬぞ』

 答えながら、道真も笑っているところを見ると、どうやら今回の企みは気に入ったようだ。
 で?と具体策を尋ねた相手は将門ではなく、そこにいる生き人である。

『どの者が相手のときに手加減すれば良いのだ?』

 その質問に、征士は軽く笑って首を振った。

「手加減、いりません。ただ、このくらいの力で押し返されれば引き下がってやろう、っていう線が、天神様としておありでしょう? それに従っていただければ」

 その回答に、道真はむすっと不機嫌な表情を見せた。
 それはそうだろう。手加減しなくても良いということは、その必要がないということで。

『それは、その志之武とかいう小僧に、わしが負けると思っておるわけじゃな? 侮るのぅ』

『済まぬ。わしも勝てぬよ、あの子には』

 道真が不機嫌になるのも当然のことで、それはわかっているのだが、それを聞いていて将門は苦笑を浮かべた。
 昔はそれでも、志之武の前世、志之助の守護仏であったダキニ天に降伏して知り合ったという経緯があった。
 だが、知り合ってからどんどん力を増していく彼に、いつの間にか追いつけなくなっていた。
 今ではもう、足元にも及ばないはずだ。志之武が自分の力をすべて発揮しない現状でならば、何とか敵うのかもしれないが。

 まあ、やってみるのが一番さ。
 将門としては、身内という意識のせいか、そんな感じで道真の反応を結構楽しんでいた。

『では、行こう。現代の陰陽師の力とやら、見せてもらおうではないか』

 そういうことになったのだった。





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