第参章 天才陰陽師 1




 志之武は、じっと部屋に閉じこもっていた。
 女中頭の二三子も執事の利三も、志之武の身体を心配して尋ねてきたが、門前払いを食らわせていた。

 征士と結ばれて、やっと平穏無事に生きていけると思っていたのに。
 新居に引っ越して、旦那と二人、喫茶店でも開いてのんびりと日々を過ごす予定だったのに。

 でも、征士の命と自分の貞操を秤にかければ、征士の方に大きく傾くのは仕方のないことだっただろう。
 大事な旦那様である。それに比べれば、自分など、中学生のころからずっと父親の慰み者として生きてきて、今更同じ生活に戻されたところで、何ともない。

 そう、思っていた。いや、思おうとしていた。

 どうしてだろう。こんなに心が苦しい。
 今までだってそうして生きてきていて、今更のはずなのに。
 嫌だ、と思う力が半端じゃなくて、自分を傷つけてしまっている。
 初めてのときに戻ってしまったようだった。

 だからといって、やはり父親の元で本来の力を見せる気にはなれない。
 今のように押さえつけられて、この力を無理やり使わされたら、きっと自分は再起不能になってしまう。
 きっと、ずっと悔やんで生きていくことになる。
 いつかは自分より先に死んでいく男のために、自分の良心まで売り渡す気にはどうしてもなれない。

 そもそも、そんなに拒む理由は、土屋家の体質にあるのだ。
 呪いの仕事が多く入ってきてしまうのは、土屋家という家では仕方のないこととしても、それをまったく選り好みしないのは、仕事の選定を一手に引き受ける父親のせいだ。
 呪術を商売に考える安易さが、志之武には許せない。

 呪いの力というものは、恐ろしいものである。
 呪詛は呪詛返しより簡単にできる。なぜなら、そこには呪者の恨み辛みが込められるからだ。
 恨み辛みの思いの強さが、そのまま呪詛の強さに反映されていく。
 術者の力が未熟でも、呪者の思いがそれだけ強力であると、それこそSランクの呪詛として扱われる。
 術が未熟であるだけにかえって厄介だ。

 志之武がひたすら仕事に失敗していた理由は、失敗していたわけではなくて、呪詛を阻止するためだった。
 呪い、とは、本来人間にとって禁忌と認識される行いである。
 そこに走らせる何らかの理由があることは良くわかる。だが、何らかの理由があるからこそ、その手段に呪詛を使うことは、呪者のことを真に思うなら、止めさせたほうが良いのだ。
 この世の中は因果応報。呪者に苦しみを与えた人間が本当に呪詛を行ってでも懲らしめるべき相手であるのなら、わざわざ術をかけなくてもそのうち酷い目を見てくれるだろう。
 人を呪うには、それと同じだけの苦しみを呪者も引き受けなくてはならない。ここにも因果応報が適用されるからだ。
 結果として、呪者にあまり救いはない。

 志之武が仕事に失敗していたのは、失敗していたわけではなく、場を乱して呪詛が不完全にかかるように仕向けていたのである。
 呪詛が不完全なら、呪者にかかる負担も少なくて済む。今のところ、そんなことをしているとはバレていないようだが。

 そんな志之武でも、たまには呪詛に成功して帰ることもある。
 それは、呪詛をかけられる相手が、志之武の広い心で見ても許せない奴であるときが多いのだが、そうして仕事をちゃんとやった日でさえ、父親の手を逃れることはできなかったのだから、仕事に失敗した罰ではなく、ただの気晴らしなのだろう。
 ばっちり仕事をして帰ったのに手ひどい仕打ちを受けた日に、志之武は逃げることを諦めていた。
 何をしても逃げられないのだから、その好意を甘んじて受け入れて抵抗しないことが、利口な人間のすることだと、悟った瞬間だった。

 それを、征士と一緒にいた幸せな日々で、すっかり忘れていたらしい。

 しばらく部屋に閉じこもって落ち着くと、志之武は大きく息を吐き出した。

「さて、どうしよう」

 口に出して、今後を考え始める。
 そうしないと、父親の言いなりにならなければならない自分に、今以上に苦しめられそうで。
 何とかして前向きに考えないと、自傷行為に走りそうで。
 そんなことをすれば征士が悲しむことがわかっているから、自分を奮い立たせる。

 何とかして、戻らなくちゃ。きっと、心配しているはずだから。





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