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「志之武君に次期継承権を与えるということは、現当主をそのように説得するべきであろうな」
「それと、志之武さんが継承権を得るにふさわしい人間であるということを、はっきり示さないと」
方針がはっきりしてしまえば、皆、方法論の構築には精通している。松安と麟子がそれぞれに、必要な作業をあげていく。
一つ目について、具体的にどうするかは、勝太郎が判断できた。
「父と麟子様の会見の場を用意しましょう」
「親父さんとしのさんを、陰陽師対決させてみれば?」
一つ目の解決策を勝太郎が提案したと同時に、征士がとんでもないことを言う。
おかげで、全員がまた征士に注目した。
確かにとんでもないことだ。しかも、恋人の口からそんな提案が出るとは。
「勝算があって言ってるんでしょうね?」
「ていうか、しのさんが並の人間に負けるわけないけど?」
あの天才陰陽師、安倍晴明に匹敵する天才児である。
しかも、この式神の顔ぶれから「式神使い」と見られがちだが、本人は「呪術師」であり、叔父譲りの「占い師」でもある。
要は、何でもありのオールマイティだ。負けるはずがない。
「どう思う? 蒼龍」
征士はそのように恋人をアピールした上で、その恋人の式神を見やる。
蒼龍は、まさかそこで自分の判断を問われるとは思っていなかったらしく、一瞬びっくりして征士を見返した。
それから、苦笑する。征士の式神ではないのだから、対等に扱われて当然なのだ。
『そうですね。力を見せつけるというのであれば、対決が一番手っ取り早いでしょうね。
まだ志之武には会っていないので、はっきりとはわかりませんが、志之助くらいの力はあるのでしょう?
あの人が、貴方という人がありながら、修行を怠るなんて、考えられませんから』
「あれ? けっこう俺って、評価大?」
『でなければ、あなたを助けようとは思いませんよ、征士』
くすくす、と蒼龍に笑われて、征士は頭を掻いた。
恋人が評価されていることは承知していても、自分のこととなるととたんに疎くなるものらしい。
そらそうだ、と呟いて、征士は思いっきり照れた。
それはつまり、志之武の旦那として認められていることも同時に表していたからだ。
一人で照れている征士を放っておいて、蒼龍はどうやらこの中で一番偉いらしい女性に視線を向ける。
『いかがですか? 宗主殿』
優しげで、それでいて意志の強いその視線に、判断を求めるようにじっと見つめられて、麟子は頬を赤らめた。
蒼龍のその視線に、男の色気を感じてしまったのだ。
そもそも、そんな美青年に見つめられたら、平気でいられる女性はいないだろうが。
「もし、負けてしまったら、どうします?」
『なんでしたら、精霊界まで掻っ攫っていっても、私は構いませんが』
「俺が構う」
いつまでも照れているられる事態ではないのをすぐに思い出して、征士が目を据わらせて突っ込みを入れる。
言われて蒼龍は征士を見やり、また、にこりと笑った。
『万に一つもありませんよ。志之武が負けるなんて』
「まぁね」
自分で突っ込んでおいて、征士はさらっと受け流す。つまり、二人とも本気で心配していないわけだ。
だからこそ、麟子が気を回してしまうわけだが。
「であれば、勝つ、と前提にして話を進めましょう。問題は、どういう口実で対決させるか、ですが」
二人が対立しているなら、力比べによって雌雄を決する、との判断も可能だが、今回の場合、口実が必要だ。
何しろ、問題の父親と志之武の関係は、親子であると同時に、主人と召使いにも等しい立場の差がある。
これを覆すのは、容易なことではない。
「何か問題を起こしてやって、二人で別々に解決させて、先に解決したほうの勝ち、だろうな」
「問題って言ったって、大抵のことでは力の差がわかりませんよ」
「そこなんだよ。対決させる相手も、弱かねぇからなぁ」
何しろ、本家次期当主であり、現時点で一番の有力者であり、実力も能力もそれなりのものが備わっている人間が相手だ。志之武の出る幕はそうそうない。
土御門から攻撃するにも、立場上、限度がある。そもそも、役割として、土屋は呪う者、土御門は守る者、と定められている。これを、志之武一人のために覆すわけにもいかない。
「天神様に力を貸してもらおう。せっかく将門公が渡りをつけてくれたのだから、これを利用しない手はない」
「利用ったって、天神様だろう? どうやって?」
「事情を話して手伝ってもらうだけだよ」
それは、征士と将門の関係をも暴露する発言であった。
つまり、そのように手伝ってもらえる間柄なのだ。相手は怨霊のはずだが。
そもそも、天神とはあの天神か?と、そこに集まった全員の訝しげな視線を集めて、征士は軽く笑った。
その程度の疑問は予想の範疇だ。そして、征士は答えるまでもないことだと判断していた。
「麟子様。京都で天神様の御社っていうとどこだろう?」
「北野天神でしょう。西陣の。……え? 行くの?」
「もちろん。勝太郎さん、トップ会談の段取り、お願いします。俺、先に行きます」
突然急いで、征士が立ち上がる。
そばにいたはずの蒼龍はもういない。代わりに、赤い猫がそこに座っていて、立ち上がった征士を見上げた。
いつの間に入れ替わっていたのか、誰も気づかなかったのだが、どうやら征士は気づいていたらしい。
「ちょっと待って、征士君。そんなに慌てないで、ちゃんと作戦立てましょう?」
「後のことは任せます。今こうしてる間にも、志之武はきっと酷い目にあって泣いてるんだ。早く助けてやんなきゃ」
傷つく前に、なんてもう手遅れだから。せめて苦しむ時間を短くしてやりたい。
それは、夫として当然のことで、だから征士は焦っているのだ。
突然焦りだしたのは、それ以上の何か理由があるのかもしれないが。
ずかずかと部屋を横切っていく弟子に、松安は一つだけ、質問を投げかける。
「お前が一人で行って、助けられると思うのか?」
「一人じゃないですよ」
答えて、にかっと笑うと、今度こそ征士は部屋を出て行った。
赤い猫も、いつの間にかどこかへ消えている。
残された大人たちは、互いに顔を見合わせると、気を取り直したように3人膝を突き合わせて具体策を考え始めた。
勝手に突っ走った征士に、当面はとりあえず任せるしかないのだ。
後方支援はしっかり固めておくべきだった。
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