13
一人残されて、痛む腹を押さえながらその場に崩れた征士は、ぐっと握った手を、床に叩きつける。
「くそっ」
それは、自分の不甲斐なさと、志之武の悲壮な決断と、それを強要した裏御門の態度と、すべてに対する悔しさで。
この手をすり抜けていってしまった志之武が、征士にとっては奪われた半身であるから。
「痛てぇ」
腹よりも、心が、しくしくと痛む。
ぎゅっと両手を握り締め、志之武に渡されたそれに気づいた。
志之武がいつも使っている呪札だ。中央より少し上のほうに、見慣れた文字。
「これ、天狗たちの呪符?」
その、力強い「天」の文字に、じっと見入ってしまう。
それは、筆ペンでさらさらと書いただけの何気ない文字なのに。
天狗たちの力が宿っているのだ。
これが、天狗たちの依代だから。
「もしかして」
見つめていて、ふと思い当たった。
なぜ、志之武はこれをわざわざ置いていったのか。
忘れて行ったのではない。征士の手に握らせたのである。
何かの意図があるはずで。
「一つ。出てこれるか?」
顔馴染みとはいえ、天狗たちは志之武の式神であって、征士の言うことを聞いてくれるわけはなく、まして呪符から勝手に出てこられるはずもない。
だが、もしかしたら、と思った。
この手に託していったのだ。きっと、自分を迎えに来られるようにと。
きっと来てくれると信じて。
であれば、もしかしたら。
つんつん、と、羽織っている厚手のシャツを誰かが引っ張る。
志之武がつけてくれた植物霊の式神たちは、こんな子供じみたことはしない。
先ほど呼んでみた一つにしても、あまり似合う行動とは思えない。
しかし、では、いったい誰がそんな行動をしているのか。
恐る恐る後ろを振り返り、征士の目がゆっくり見開いていった。
「お前ら……っ!」
それは、絶句するに値する、思いもしなかった相手であった。
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