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 と、志之武と堀野の間に、突進してくる影があった。
 無理やり腕をつかんでいた手を振り解き、堀野を押さえつける。

「しのさんっ! 逃げろ!」

 迷っている場合ではないだろう、と。
 征士に目で叱咤され、志之武はやっと、後ずさりする。

「行けっ」

 それが、合図だった。
 振り返り、ベランダを乗り越える。追いかけた5人の陰陽師も間に合わないうちに。
 ベランダを乗り越えるのに躊躇しなかったということは、落ちて助かる自信があったはずだ。
 追え、という堀野の指示に、全員が玄関を飛び出した。

「お前は無事では返さん。一緒に来てもらうぞ、霊剣術師。志之武様をたぶらかした罪は重い」

「何言ってやがる。あいつをあそこまで追い詰めておいて、まだ苦しめる気か」

「苦しめる? 何を見当違いなことを言っておる。将来は土屋家を背負って立つお方だぞ。口を慎め」

 来い。
 命令口調でそう言って、征士を羽交い絞めにし、引きずって部屋を出ようとする。
 征士は殴られたみぞおちを庇いながらも、力いっぱいに抵抗を試みるが、何しろ急所を一度攻撃されている。抵抗しきれるはずもない。

 結局引きずられて玄関へ進んでいき、キッチンを過ぎたところで堀野が立ち止まった。
 何事かと顔を上げ。

「藤香。橘」

 そこに、志之武の式神が二人、悲しそうな表情で立っていた。
 一人は小袿姿の平安美女、一人は弓矢を背負った戦国期くらいの武士である。

 さらに、背後にも気配を感じて、振り返った。
 そこにいるのは、江戸時代頃の姿の剣士であった。

「橙?」

 それも、志之武の式神だ。
 征士を守るために、残して行ってくれたのだ。自分が危ないというのに。

 本来言葉を話せないはずの植物霊の式神、橙が、声を発する。
 それは、志之武の声だった。

「堀野さん。その人は関係ないはずです。手を出さないでください。その人を傷つけたりしたら、本気で怒りますよ」

「ならば、交換条件にしましょう。あなたを探しに土屋の陰陽師たちが追っていきました。この霊剣術師と交換です。あなたが素直に出てきてくれれば、彼には手を出しません」

「応じるな!しのさんっ」

 すかさず征士が叫ぶ。
 それは、きっと応じてしまうことがわかるから。
 それこそ、祈る気持ちだった。
 自分を想ってくれるなら、応じてはいけない。自分は大丈夫だから、と。
 いったいどこまで通じるかは定かではないのだが。
 いや、おそらくは出てきてしまうのだろうが。

「本当に? 彼には、何もしないって、誓ってくれますか?」

 その声は、式神を通さない、生の声だった。ベランダの方から聞こえる。
 どうやら、飛び降りたと見えたのがフェイクだったらしい。
 にやり、と堀野が笑った。
 所詮、堀野にしてみれば志之武は教え子であり、まだまだひよっ子なのだ。
 ここまでおびき寄せてしまえば、その後は何とでもなる。

「誓いましょう。だから、出ていらっしゃい。そこにいるのでしょう?」

 しばらく、反応はなかった。
 30秒ほど経って、志之武がそこに姿を見せる。
 暗い夜空に、志之武の白い肌が驚くぐらい綺麗に映えた。
 それは、見慣れている堀野でも、生唾を飲み込んでしまうに足る艶かしさで。

「しのさん……」

「ごめんね、せいさん。やっぱり、せいさん置いて逃げられなかった」

 ふわり、と微笑んだそれは、まるで天使か菩薩のようで。慈愛に溢れていて。
 涙目なのが、きっと志之武の心を表しているのだ。

「藤香、橘、橙。せいさんを頼むね」

 主人に命じられて、3人は深く頭を下げる。そして、その場から掻き消えた。

 志之武が、裸足のままぺたぺたと足音を立ててそちらへ近寄っていく。
 征士と入れ替わりに堀野に捕まれて、痛そうに眉を寄せた。
 それから、堀野の目を盗んで、征士に何かを渡す。

「行きましょうか」

 丁寧ながら有無を言わせない口調でそう言うと、堀野は今度こそ、志之武を連れて部屋を出て行った。
 姿が見えなくなるまでずっと征士を見つめていた志之武が、見えなくなる直前に「ごめんね」と口を動かす。





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