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 その日も、実はSランクの中でも難易度の高い仕事を二人であっさり片付けてきた、仕事帰りの夜であった。
 毎日のように仕事があるわけではないので、明日はオフだ。
 もともと、1週間がかりでもおかしくないような仕事を1日で片付けてしまうのだから、普段暇になってしまうのも自業自得というもので。
 喫茶店でも経営してみるか、などと考えてしまったとしても仕方のないことだろう。

 実際、具体化するために二人でメモ帳片手に話をしているときだった。

 突然、部屋の呼び鈴が鳴る。
 この場所は、勝太郎夫婦、松安、麟子の4人にしか知らせていないので、おそらくは訪問販売であろうが。

 呼び鈴に応えると、その向こうに立っていたのは、このマンションの管理人であった。

「夜分遅くすみません。隣のお子さんがお宅のベランダにボールを投げてしまったそうで。取らせていただいてよろしいですか?」

 それは、確かに部屋に入る理由としてはありえるのだが、なぜ管理人なのだろう? 直接来ても良さそうな件であるのに。

 とりあえず、断る理由もない。志之武がベランダにボールを探しに行き、征士は玄関を開けに行く。

 防音のため、首都圏には珍しい2重サッシの窓を開き、志之武はベランダに出てみた。
 見当たる範囲でボールらしきものは見当たらず、物陰にでも隠れているのだろうと思ったのだ。
 だが、まだ引っ越したばかりで、ベランダにはクーラーの室外機があるだけだ。その影にも、ボールは見当たらない。

 首をかしげてリビングに戻る。

「ボールなんてどこにもない……っ!」

 報告しながらサンダルを脱いで、顔を上げた志之武は、そこで信じられないものを目にする。
 いや、信じたくないもの、だ。
 腹を抱えてうずくまる征士と、見慣れた人の顔。そして、腕利きの裏御門陰陽師が5人。

「堀野さん……」

 足が竦んでしまった。征士に駆け寄りたいのに。身体が言うことを利かない。

「お迎えにあがりました。志之武様。お父上が大層ご立腹です。一緒に戻りましょう」

 う、と呻き声を上げて、征士がかすかに顔を上げた。志之武の姿を目に移し、口を動かす。
 その声は、誰の耳にも届かなかったが、志之武の心には直接伝わってきた。
 俺のことはいいから、逃げろ、と。
 でも、退路はすでにふさがれている。方法は、ベランダから飛び降りることくらいだが、しかし、つかまって連れ戻されることと彼らに自分の本来の能力を知られることを、比較した秤が均衡してしまう。
 第一、それより何より、あの父の元に連れ戻される、そのショックで足がすくんでしまって、動けない。
 ふるふる、と首を振るのが関の山で。

 行きますよ、と強引に腕を引っ張るのに、志之武は足を踏ん張って堪えた。
 まるで駄々っ子のような抵抗だが、志之武に今できるのはそれくらいだ。

「どうしました」

 それは、志之武の教育係としての、咎める視線そのもので。
 本能で志之武はびくっと震えてしまった。この人は、苦手だ。そう、刷り込まれている。

 それでも、志之武は抵抗するしかない。彼に従うわけにはいかない。自分を守るためにも。

「私は、戻りません。父上に、そのようにお伝えください」

「何をそのようなわがままを。幼い子供でもあるまいし。さ、帰りましょう」

 言い募られて、志之武はいやいやをするように首を振った。
 どうしたらいいのか、志之武には判断できなかった。
 志之武の実力を、知られるわけには行かない。この力を、裏の仕事のために利用されるのは、我慢できない。
 でも、力を使わないと、この窮地は脱出できなくて。
 きっと昔の自分なら、迷わず不法侵入者を追い払っただろうに。今の志之武には、そんな度胸はないのだ。





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