10
勝太郎の家は、土御門家よりは新居のマンションの方が近い、豊島区板橋にある。
住宅地の建売住宅で、この場所にしては安く手に入った物件である。そこに、勝太郎は常子夫人と二人で暮らしていた。
なんとなく嫌な予感がしながらも、新居決定の報告もしなければいけないので、二人そろって真壁家を訪ねることにする。
出迎えてくれた常子は、初めて会う征士を一発で気に入ったらしい。志之武君をお願いしますね、といって涙ぐんでいた。
常子の前世を知っている征士だ。心境は多少複雑である。
「そう。蛇神様のお守りのあるお家なの。それは、良いところを見つけたわね。二人の人徳かしら。ねぇ、あなた」
そう、半ば安心したように答えて、常子は隣に腕を組んで座る夫に目を向ける。
それから、くすり、と笑った。
「あなた。まるで、大事な娘をお嫁に出すお父さんの表情ですよ」
見事ずばりとそのものを言い当てて、彼女は楽しそうに笑った。自覚はあるらしい。
口答えしかけて、押し黙る。それからそっぽを向いた。
「征士君。麟子様の手前、認めはしたけれどね。志之武君を幸せに出来なかったら、承知しないよ」
「言われるまでもないです。そもそも俺は、こいつを守るために生まれてきたんですから」
勝負なら受けて立つぞ、と言わんばかりの身構えだった。
それにしても、二人とも本人を差し置いて好き勝手なことを言っているが、当の志之武は、それを笑ってみているだけである。
その態度は、それはそれで驚いてしまうくらいだ。実際、傍観者になった常子が、そんな志之武の表情に不思議そうにしている。
「志之武君、何か主張することとか、ないの?」
常子が声をかけたのが、二人に志之武の存在を意識させるきっかけとなったらしい。
征士と勝太郎が、そろって志之武に視線を向けた。
3人の視線を受けて、志之武はただ、艶然と微笑むだけである。
「それはそうと、何の御用だったんです?」
微笑むだけでは埒が明かないので、話を元に戻してやる。
これ以上追求しても意味のないことだ。そんな必要もない。
どうせ、これ以上続けたところで、二人の仲が良くなるわけでもなかろう。
問われて、どうやらすっかり呼び出した用事を忘れていたらしい、そうそう、と勝太郎が手を叩く。
「土屋家から、打診があった。志之武君を返せって。
突っぱねたけどね、それだけで引き下がるとは思えない。
強硬手段に打って出る可能性も否定できないから、心の準備が必要だろうと思ってね。
それに、時々は志之武君の元気な顔を見せてもらいたいし」
最後の一言は、完全に叔父バカの領域である。
重要な情報に感謝しながらも、志之武は征士と顔を見合わせ、軽く肩をすくめて苦笑した。
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