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反応は、案外早く返ってきた。もちろん、「案外早く」は志之武の感覚による。
裏御門からの反応である。
当然だが、その反応を返したのは、現当主ではない。
現当主である志之武の祖父は、勝太郎が志之武を引き取ったことも、勝太郎が土御門で仕事をしていることも、すでに知っている。
覚悟もついているだろう。
問題は、志之武の父、紘之助なのである。
そもそもその人から逃げてきたのだから、今志之武がどこで何をしているかなど、知らせているわけがない。
そして、現状の土屋家では、当主よりも若旦那のほうが実権を握ってしまっていた。
堀野が志之武の影を見つけて報告に行く相手も、当主ではなく、父親である紘之助である。
これで、行き先が土御門でさえなければ、堀野も少しは気を利かせたのだろう。
しかし、土屋と土御門は、表向きは本家と分家だが、敵対する同士。相容れられるわけがない。
それでも、当主の孫一人のために、初めから土御門と全面戦争する気はなかったらしい。
最初に打診があったのは、勝太郎宛てであった。志之武を返せ、という。
円覚寺で呪詛返しをした、3日後のことであった。
その日。志之武と征士は、愛の巣探しに出かけていた。
いつまでも麟子の世話になっているわけには行かない。今までも、仕事をしていなかったからの緊急避難処置である。
正式に構成員として登録すると、作業報酬が仕事に応じて与えられるほか、住宅手当も支給されるのだ。東京都内という場所柄、上限が8万円と高めに設定されていて、なおかつ二人で同居のため、家賃は全額出してもらえると思ってよい。
土御門本家は、目黒区青葉台にある。
頑張れば渋谷へも歩いていける、そんな場所である。
今二人がいる湯島とは、皇居を挟んで反対側だ。
どうしてそんなに遠くにするの、と麟子に恨みがましく言われて、二人は顔を見合わせ、苦笑した。
どうしてと言われても、昔から決まっているのだから仕方がない。
もう挨拶にも行ってしまった手前、二人の同棲場所が神田明神から遠くなると、将門が拗ねてしまう。
それに、馴染みのある場所に住んでいたいとも思っていた。
再会して、落ち着いてから、二人は真っ先に同じものを別々に購入していた。東京都版賃貸住宅情報誌。
銘柄まで同じではなくて、お互いに笑いあったものだ。
その情報誌で、ある程度の目星はつけてあった。
ちょっと値は張るが、住みやすそうなデザイナーズマンション。
まだ築2年目の新しいマンション。
築年数は結構経つものの、部屋の一つ一つの広さが違う、ちょっと高級志向のマンション。
いずれも2LDKで三階以上の角部屋だ。値段も、15万円以下に抑えられている。
3つめの物件を見に行った不動産屋に案内されて、目星をつけていたのとは違う、その人がお勧めと称する部屋も見せてもらうことにした。
場所は神田明神の真裏。最上階の角部屋で、最近リフォームしたそうな、最新型システムキッチンと広めの風呂場が目を引いた。
リフォームをするくらいなので年数は経つが、特に構造にがたが来ている様子もない。
ピアノ可とするだけのことはあって、防音もばっちり聞いている。
お値段も、さらに手ごろな12万円だった。
まだ情報誌にも掲載されていない新モノであるらしい。
「決めちゃう?」
「そうだね。蛇神様のお守りつきなんて、そうそうない立地条件」
「っていうか、またかよ」
不動産屋がいるにもかかわらず思わず突っ込んだ征士に、志之武は遠慮なく笑った。
不動産屋だけが、何事かと不思議そうに見ている。
ベランダに出ると、すぐ真下に神田明神の境内が見渡せた。
すごい立地条件である。将門に「見下ろすな」と怒られそうなくらいだ。
「良い部屋だな」
「建てつけもしっかりしてるし、風水的にも悪くない。なにより、防音が効いてるのが良いよね」
最後の利点は、何だか個人的な理由だが、志之武が恥ずかしげもなくそういうので、征士は少し顔を赤らめた。
そうして、不動産屋を振り返る。
「気に入りました。契約、できますか?」
「では、事務所のほうへ」
導かれて、二人は新居予定の部屋を出て行く。
エントランスを通り抜けて、志之武はふと立ち止まり、マンションを見上げた。
それから、にこっと笑う。
その無邪気な笑みに、征士もまた、つられて微笑んでしまうのだった。
案外早く部屋が決まったので、家具でも見に行こう、と上野の駅前に出たときだった。
志之武の携帯電話が鳴る。祖父に持たされた、あの携帯電話だ。
電話をかけてきたのは、勝太郎だった。大至急、話したいことがあるという。
征士も一緒に、というので、二人は家具見物を諦め、勝太郎の自宅へ急行した。
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