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「始めます」

 宣言して、志之武が軽く手を合わせ、目を閉じた。

 次の瞬間、僧侶も征士も目を見張った。征士ですら、驚いた。

 目に見えて、志之武の身体から陽炎のような気が立つ。
 口元が動いているので、何らかの呪文を唱えているのだろうが、口の中でもごもごするだけで外には聞こえてこない。

 そのまま、一人で働いている志之武を眺めて、待つこと30秒。

 ゆっくり目を開いた志之武は、何気ない仕草で手を伸ばすと、僧侶の横たわる上空を、頭のほうから足のほうへ、まるで何かを押しやるように、ゆっくりと移動した。
 手の動きに合わせて、僧侶の身体から黒い気体が引きずり出されてくる。
 それが、なかなか苦しいらしい。僧侶は志之武の行動を見守る余裕もなく、苦悶の表情を浮かべて目をつぶる。
 征士も、自らの愛用の刀を構えた。

 志之武に引きずり出された黒い気体が、吸い込まれるように観音像に移動していく。

「斬って!」

 これぞ阿吽の呼吸というべきか。志之武が叫んだ途端、征士の愛刀は観音像を一突きにしていた。

 パンッ!

 まるで風船が破裂したようなラップ音が、堂内に響く。

 それはまさに、一瞬の出来事だった。

 ぱらぱら、と音がしてそちらを見やると、先ほどまで観音像があったそこに、割れて空中に漂っていた木片が落ちてきているところであった。
 木端神。文字通り、木切れに神仏を降ろすものである。
 ただし、ここに観世音菩薩ほどの高位神仏を降ろすのは、後にも先にも志之武だけであろうが。普通の人間では、それは無理というものだ。

 仏を斬る、その衝撃は相当のもので、征士はしばらくぼんやりとそこに座り込んでいた。
 ふと志之武を見ると、どうやらとうとう気を失ったらしい僧侶の汗を拭いてやっているところだった。
 表情が穏やかになっているところを見ると、危機は去ったらしい。

「返ったか?」

「ばっちり。自分でも驚いた。こんなに強くなってるなんて」

 本当に驚いているらしく、じっと自分の両手を見つめる。
 征士はその志之武に四つんばいのまま近寄っていくと、後ろから抱き寄せた。

「改めて、もっと修行しないとなぁ。しのさん、支えきれねぇや」

「あ、きつい? そうだよね。さすがに、観音様斬ったら重いよね」

 ありがとう、と囁いて、その頬にキスをする。受けて、苦笑した。

「また、足手まといになりそうだな」

「何言ってるの。せいさんがいるから、こんな力出てくるんだから。自信持って」

 ね。そう、慰められて、征士はさらに苦笑を深める。
 反対に志之武が腰に抱きついてくるので、強く抱き返した。

「前のときも、それ、言われっぱなしだったな。情けねぇ」

「だから。仕方ないじゃない。せいさんが強くなると、僕にそのまま影響くるんだもの。永遠に、それ言ってなきゃいけなくなっちゃうよ」

 そう。志之武と征士の相性は桁違いで、まるで征士が志之武の能力増強装置なのだ。そばにいてくれれば、本来よりもずっと強い力を発揮する。
 さらに、征士の剣術の腕も、実は志之武がそばにいることで勘が冴えるらしく、いないときよりも格段に良いのだ。相乗効果というものらしい。
 だから、二人一緒にいれば、大抵のことで負ける気はしない。

「さ。仕事の完了報告して、帰ろう?」

 ぽん。背中を叩かれて、征士は自分を振り返るのを諦めた。
 それ自体は、どうせまた一生付きまとうのだ。そして、思うたびに、志之武に慰められるのも目に見えている。
 だからといって、考えること自体はやめられないのだが。

 堂を出ると、いつの間にやら、日は結構高いところまで昇っていた。
 腕時計を見て、午前6時を確認する。
 3時間もかかった意識はなかったが、それでも、それだけかかった事実は違えようもなく。

 立ち入り禁止の堂から、見知らぬ若者が二人も出てきて、見張りの僧はそれはそれは驚いたらしく、声も出せずに口をパクパクさせていた。





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