5




「おつねさんと勝太郎さんは、またいつのまにか一緒になってるし、おりんさんと松安先生ももう一息みたいだし。
 あの頃そばにいた人たちがまた、いるんだもの。勝手に気持ち、落ち着いちゃうよ。
 混乱する余地無し。運命ってすごいなぁってしみじみ思っちゃう」

 それは、少し前に征士が話した、前世の彼らの立場とまったく同じで。
 あの時は話半分に聞いていた勝太郎が、今度こそ素直に驚いて、甥を見つめた。
 志之武は、くすくすとかなり楽しそうに笑っている。それは、志之武自身は謎の言葉を言ったつもりでいるのだろう、人の悪い笑みで。
 常子は、きょとんとした表情で志之武を見つめている。

「あの頃そばにいた人たち、って、どういうこと? 志之武君、私のことを「おつねさん」なんて言う人だっけ?」

「それは、征士君が言っていた、前世の話、かい?」

 妻の問いに重ねるように、勝太郎が確認の問いかけをする。
 それに、志之武は少なからず驚いたらしい。目を見開いて勝太郎を見つめる。
 それから、また、くすりと笑った。

「そう。前世の話。信じないでしょう? 陰陽師なら、まず否定する話だもの。
 何だ、せいさん、先に言っちゃったのか」

 つまんないの、などと言って唇を尖らせて、子供っぽい表情を作る。
 それから、真面目な表情で勝太郎を見つめた。

「本当に、前世の話なんです。
 だから、今生はまったく違う人と結婚してても、おかしいことなんて全然ないんです。けど、そんなことを全然知らないはずの勝太郎さんとおつねさんが一緒になってる。
 それって、運命でしょ?」

 うふふ、と志之武はかなり幸せそうに笑っている。反対に、勝太郎は不機嫌になってしまった。

「おつねとのことを運命で片付けられたくないぞ」

「何言ってるんですか。常子さんのこと、好きになったのは勝太郎さんの本当の気持ちでしょう? それを、裏付けてくれているだけですよ。
 僕なんて、生まれ変わってまで前世の記憶を引き継いでしまうほど好きだった人と、今生でもまた運命で結び付けてもらえて、それが嬉しくってしょうがないんですから。
 だいたいね。占星術の専門家が運命否定してどうするんですか」

 苦笑して、反論して、志之武はそれから、帰ってきたままでまだ手元に置いてある仕事道具の中から、白紙の短冊と筆ペンを取り出す。
 短冊の真中に「天」という文字を書き、それを指で押さえながら、口の中で呪文を唱えた。

「一つ。出ておいで」

 それはまるで、独り言のような音量で、しかし、口調は命令だった。
 短冊を仕事道具に戻して、自分の右斜め後ろに意識を向ける。
 その志之武の仕草を追いかけて、勝太郎と常子は息を飲んだ。
 いつの間に現れたのか。つい先ほどまで誰もいなかったその場所に、子供くらいのサイズの黒い影がいるのだ。
 それは、艶々の黒い羽毛で覆われていて、一般に修験者の姿といわれるそのままの格好をしている。ピシッと背筋を伸ばして正座の膝に両手を乗せ、まっすぐ初対面の二人を見つめている。
 幾分鳥よりは人間に近い平たい顔の口元は、黒く固いくちばしになっている。誰がどう見ても、烏天狗の姿、そのものである。

「僕の式です。見てのとおり、烏天狗で、名前は「一つ」といいます。本当は五十八いるんですが、ここには呼びきれないので、長であるこの子だけ」

 ね、と声をかけられて、一つは大きな仕草で頷いた。
 天狗たちは言葉を話さない。したがって、ボディランゲージで表すしかないのである。
 もちろん、主人である志之武とは意思の疎通も出来ているのだが。

 しかし、そもそも天狗といえば、神仏の御使いとして知られる生き物だ。
 志之武のような一介の人間が使役できる相手ではないはずなのだが。

「この子達とは、再会してまだ二週間くらいしか経ってないんです。
 久しぶりに母の墓前で手を合わせていたときに、やっと見つけた、って。全員で抱きついてくるんだもの。びっくりしちゃった」

 きっと、すまん、か、申し訳ない、か、何か言ったのだろう。謝るように一つが頭を下げる。
 志之武がそれに対して笑って返した。
 本当に、この両者の間に声による言葉が必要ない。傍で見ていると、何が起こっているのやら、さっぱりだ。

「あまり外に出ないから、見つけられなかったらしいんです。
 ほら、本家は基本的に、術返しのために結界を張っているでしょう? 僕が家の外に出たのって、仕事のときと夜中くらいだから、この子達の時間とずれてて。
 それに、しばらく東京の方で捜していたそうなんですよ。昔も、箱根で出会って契約して、腰を落ち着けたのは江戸だったから、まさか京都にいるとは思わなかったみたい」

 そう説明して、志之武は一つに何か命令を下したらしい。一つが小さく頷いて、その場から姿を消す。
 そこに呼び出したのは、紹介するためでもあり、仕事を頼むためでもあったらしい。

 一つが姿を消したのを見届けて、志之武はもう一度姿勢を正すと、勝太郎をまっすぐ見つめた。
 その視線があまりに真剣で、勝太郎まで姿勢を正させられる。

「勝太郎叔父さん」

「はい」

 今まで一貫して叔父と呼んでいた志之武が、実は初めて、名前で呼んだ。
 それは、親類であり、保護者である彼に対して、それ以前に個人的に信頼した相手に、正式に話をしたいと思うから出た名前なのだろう。
 隣に座る常子が二人を見比べる。

「今まで、御世話になりました。今後も、どうかよろしくお願いします」

 深々と、頭を下げる。勝太郎は常子と顔を見合わせ、そんな甥に視線を戻した。

「それは、この家を出て行くと、そういうことだね?
 もちろん、麟子様の前で認めたことだし、前言を撤回する気はないけれど。いつまでもここにいてくれたら良かったのに」

 やっと実った、この甥との生活が、たった10日ほどで終わってしまった。
 それは、勝太郎が少しだけ恨みがましい目を見せても、責められることはないだろう、そんな事情で。
 初めて、この家を出て行くと知った常子が、ほろりと涙を見せる。そんな叔父夫婦に、志之武は少し困ったように笑ってみせた。

「愛してるから、一緒にいたいんです。ただ、相棒だってだけじゃなくて。相変わらず、男同士だけど。多くの人には理解してもらえない関係だけど。
 好きなんですもの、しょうがないじゃないですか」

 家の名前よりも常子さんを取った叔父さんなら分かるでしょ?などと繋げて、志之武はからかうように笑う。
 常子はそんなからかいを受けた旦那の反応が見たくて、その顔を覗き込んだ。
 むすっと不機嫌になった勝太郎が、そっぽを向くが、おそらくは照れているだけだ。
 常子はその反応で概ね満足だったらしく、嬉しそうに笑い出す。

「身体には気をつけてね。たまには遊びにいらっしゃい。さみしいけど、同じ東京にいるんだもの、いつでも会えるわよね」

 うん、と。大きく頷いて、志之武は常子に認めてもらえたことに、嬉しそうに笑うのだった。





[ 184/253 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -