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 それより何より、嬉しかったのが征士だ。志之武が答えた途端に、彼の顔を覗き込んだ。嘘偽りではないことを、確かめたかったのだ。それから、人一人分離れていた彼に、抱きつく。

「やった。じゃあ、ずっと一緒にいられるんだな?」

「そうだねぇ。そうなるね」

 言い方は、かなり気のない返事だが、それでも征士に抱きしめられていることに、まんざらでもない表情で。
 勝太郎が、一人でこの二人の行動に驚いている。

「一緒に暮らさねぇ? ねぇ、麟子様。その方が、いいですよね?」

「そうね。連絡がつけやすくて助かるわ。どうかしら?勝太郎殿」

 それはもちろん、勝太郎が現在の志之武の保護者だからだ。
 どうやら、志之武が拒否するとは思っていないようだが。
 志之武の意思はどうなのか、それを確かめるために甥の顔を見やり、かなり幸せそうに微笑んでいるその表情を確認した。
 いつもはあんなに控えめなこの甥が、今日は始終幸せそうなのだ。それは、疑うべくもない。

「志之武がそれで良いのであれば、私には異論ありません」

「叔父様はこうおっしゃってますけれど、貴方はいかがです? 志之武さん」

 最後に、本人の意思確認。それは、きっと拒否はしないだろうという麟子の判断で、概ね正しい。
 こくり、と志之武が頷く。その返事に、満足そうに麟子は微笑んだ。

「では、決まり。
 正式に構成員として登録してください。福利厚生は結構充実している方だと思うの。命をかけてもらうからには、それなりのことを本家としてしないといけないでしょう? 会社並に整備してるから。
 総務のことは、楓さんが一切を取り仕切ってるから、一度説明を受けておいて。征士君、楓さんは知ってるわよね?」

「はい。御世話になってます。それで……」

「二人とも、バリバリ仕事してもらうわよ。Sランクで仕事回すから」

「うわ。おりん、お前、早々から容赦ねぇなぁ」

 つまり、Sランクとは、最上位クラスの陰陽師認定と同義で、それなりに厄介な仕事を主に回される立場に立たされるという事で。
 松安がそんな突込みを入れるほど、大変な仕事になるらしい。征士は志之武と顔を見合わせると、軽く肩をすくめた。志之武は、困ったように首を傾げる。

「あの、表の仕事のランクって、想像がつけられないんですけど、目安に教えていただけますか? 今回の、どのくらいのランク付けになります?」

 志之武は、再三言っているように、裏の人間である。呪詛のレベルは判断できても、表の仕事のレベル付けは、目安がそもそもない。
 そして、それは征士にもわからないことであった。今まで、師匠の仕事は見てきたが、自分で仕事をしたことはない。
 松安が秘蔵っ子にしてしまったせいで、能力的には麟子も認めるところだったのだが。

「そうねぇ。霊が絡んでくると、それだけでランクが跳ね上がるから、AかSくらいかしら」

 はっきりSランクと出てこなかったことに、なるほどねぇ、と志之武はそれだけで目安を把握した。
 つまり、あれでSランクの序の口ということで。
 まぁ、征士の生命の危機で開き直ってから、志之武は少しも苦労していないので、そんなものかもしれないが。

「Sランクは呪詛返しがほとんどだから、裏御門さんとの戦いとも言えるけれど、かまわないかしら?」

 実家と戦え、ということだ。
 それは、その言葉自体は口に出さなかったが、かまわないか、と命令する立場の人間が聞くということは、何らかの懸念があるということで。
 おそらくは、実家に弓を引くことによる良心の呵責、あるいは、両者の狭間での葛藤を心配しているのだろう。
 それがわかるから、志之武ははっきりと頷いた。

「かまいません。実家が相手というならば望むところです」

 そう答えて、途端に志之武の表情がきりっと引き締まった。何か思うところがあるらしい。
 復讐しようという意味であるのなら、麟子は宗主として許すことが出来ないので、その志之武の真意を見極めようと目を凝らす。
 それから、頷いた。

「皆に申し伝えてあることですが。任務の執行手段は問いません。依頼人の真の要求を満たせるものであれば、任務受領時の最終目的を変えても、それぞれの陰陽師の判断に任せます。
 ただし、土御門の名に泥を塗るような行為だけは、認めません。全責任を負うつもりで臨んでください」

「要は、好きにやって良い、ってことさね」

 珍しく麟子が真面目に説明するのに、松安が合いの手を入れる。おかげで、全員の張り詰めた気が一気に緩んだ。
 まったくもう、と麟子が少し呆れた表情を見せた。松安は悪びれもせず、偉そうに腕を組んでふんぞり返っている。
 それがその場に違和感がないのだから、それはもう、人徳のなせる技だろう。

 気を取り直すように、麟子は咳払いを一つした。

「さて、早速ですが、仕事です。鎌倉の円覚寺さんより、呪詛払いの依頼が入っています。行っていただけますね?」

 さすがSランク。銘柄が大きい。
 いきなりの大仕事に、しかし志之武も征士も臆することなく、ははぁっと平伏して受けたのだった。





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