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 呼ばれた藤吉という相手は、すぐに現れた。
 美人当主のお召しである。きっと、これ以上出ないスピードで急いできたのだろう。
 入りなさい、と許可を得て襖を開けた彼は、そこに年齢のさまざまな男たち4人が揃っていることに、少し落胆の色を見せる。

「お呼びですか。麟子様」

 土御門家の人間は、本家に近くなればなるほど、当主を名前で呼ぶ。
 征士がそうなのは師匠の影響があるとしても、他の人間もそんな呼び方をするのは珍しいことだ。

「征士くん。渡した資料、手元にある?」

「はい」

 ある?は、あるなら彼に渡して、という意味で、征士は短く答えるとそこに立ち上がった。
 剣士としての癖なのか、摺足気味に歩くおかげで足音がしない。
 ちょいちょいと手招きして当主と向かい合わせになるように藤吉を座らせ、その手元に資料を渡してやる。
 この場合、その位置は被告人席だ。

「その資料の案件、貴方の担当でしたね?」

 さっと目を通し、藤吉は肯定の返事をする。
 彼の役職は、調査班のリーダー、といったところだろう。実際に呪詛返しをしたのは征士と志之武なのだから、そう判断するのが妥当である。

「実際に調査に当たったのは?」

「我が配下の新入り二名に中堅調査員を付けて念入りに調査させましたが。何か不備がございましたか」

 土御門家といえど、構成員はピンからキリまでいる。上役に当たるクラスもあれば、今年学校を卒業した若者もいて、そこをうまく組み合わせて失敗のないように仕事をこなさせるのが班長の役目だ。

「中堅、とは? 誰をつけました?」

 む、と藤吉は一瞬黙り込んだ。麟子の口調から、とんでもない失敗をやらかしたことが分かったからだ。

「今年5年目になる、近野洋一です」

「5年目の子に、新入りを二人? そんなに人不足でしたか?」

 一般企業の、営業や事務員とはわけが違う。陰陽師で5年目といえば、まだまだヒヨッコの域だ。
 それは、常識として片付けられてもおかしくないほどの、周知の事実である。
 陰陽道は奥が深い。職人と同じで、経験を積み、失敗を重ね、自らの内面を追及して、やっと一人前として認められるようになるのだ。
 始めて十年で「駆け出し」である。生涯の仕事であるだけに、先が長い。
 普通は家族ぐるみで継承していく仕事であるだけに、子供の頃から修行を始め、高校生位には仕事を始めるものなので、丁度働き盛りに一人前と認められるものだが。

 そんな事情だからこそ、5年目のヒヨッコに新入りを二人もつけるのは、誰から見ても無理のある話で。
 そんな判断をした藤吉を、麟子は少し寂しそうに見てしまう。言葉にも刺が混じる。

「いえ。丁度私の班で、技術のあるものが出払っていたものですから」

「そういうときは、他の班に助っ人を打診するか、報告書に調査者の力不足を載せておいてください。
 後で報告書をそちらに回します。貴方と、担当の3人で、検証してくださいね。今後、このようなことのないように。
 貴方ほどの人でしたら分かると思っていますけれど、調査の仕事は、実働部隊の命を救う、大事な役目を担っています。
 今回たまたま派遣した陰陽師が能力のある人だったから大したことにもなりませんでしたが、その報告書を鵜呑みにしてそれ相応の人物を派遣していたら、将来の有能な陰陽師を一人失うところでしたよ。
 よく反省し、今後このような事のないよう、ますますの活躍を期待します。宜しいですね?」

 ははあっ。まるで時代劇のように、畳に額をこすりつけて、藤吉は土下座をする。麟子に、さがりなさい、と言い渡され、小さくなったまま部屋を辞していった。

 襖が閉まったところで、麟子は盛大なため息をつく。

「本当に、ごめんなさいね。まったくもう。今度から、調査報告書には調査者の記名厳守を徹底させようかしら」

 ぷんぷん、と本気で怒っている麟子に、志之武は、自分はおとがめないのかな?などとのん気に思っていたりする。
 何しろ、彼にとっては過ぎた話だ。
 今後同じことが起こるのであれば、同じ事をした相手には腹を立てるかもしれないが、今回はまぁいいや、というのが正直な話である。
 確かに、土御門家を束ねる立場の麟子は、今後の対策を練らなければならないのだが。

「しかしまぁ、あれだな。征士の相棒にいい人が見つかって、良かったよ、俺は」

「あら。私はとっくに、この二人で決めてたんですけど? 志之武さんは土御門の血を引く人ですもの。貴方の弟子をこんなに長く続けられる征士くんの相方には、このくらいの格がなくっちゃ」

 土御門の血。
 それは、志之武を、敵対する家の子としてではなく、遡れば同じ土御門の家の子として、有能な陰陽師として認めたことを意味していて。
 勝太郎は、はっと顔を上げた。志之武もまた、同じく麟子を見つめる。

「では」

「土御門の名を使ってください。志之武さん。
 もちろん、改名しろとは言いません。ご実家から線を引く間の隠れ蓑として。
 そして、出来るなら、土屋の家とこの土御門を、また一つにしていただけたら嬉しいわ。
 私はもう、この歳ですし、跡取はきっと出来ないだろうから。継いでくれたらいいと思う」

 どうかしら。そう、思ってもいなかったことを言われて、志之武は柄にもなく呆けてしまった。
 それは、勝太郎も同じである。身を守る壁になってくれたらいいな、程度で思っていたので、まさかそこまで思い入れてくれるとは、考えすら浮かばなかった。

「それと引き換えで申し訳ないんだけれど。仕事、手伝ってもらえるかしら?」

「ええ。それは、もちろん」

 何しろ、拒否する理由がない。
 能力的に出来ることは今回の件で隠しようもないし、征士のそばにいるのなら、結局はそうせざるを得ない。
 それに、麟子の人となりも気に入った。出来ることならやってやろう、という気になる。

 もちろん、という返事に、勝太郎は嬉しくなった。
 二日前に一緒にここへ来たときは、本当にやる気がなさそうで、心配したのだ。
 それが、相方、と呼んでもらえる友人が出来、本人もやる気を見せている。
 その生い立ちを知っているから、そのおかげで、彼のやる気が削減されていることも知っているから、嬉しかった。
 思わず顔がにやけてしまう。

 志之武が、もちろん、と返事をしたおかげで、麟子は肩の荷が下りたようにほっと力を抜いた。松安も、良かった、と思わず声をあげる。





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