第弐章 表と裏と 1
土御門麟子と知り合いになって1週間と2日後。
勝太郎はまた、本家奥の間に畏まっていた。
上座から見て左手の一番端。この部屋では出入り口がすぐ背後にあるので、一番の下座に当たる。
今日の会合のメンバーは、勝太郎、麟子、松安、征士、そして志之武の5人である。
志之武は、昨日の仕事の後、どうやらパートナーに当てられた征士と仲良くなったらしく、家に帰ってきていないので、昨日朝送り出してから1日ぶりの対面になる。
その誰も、まだ来てはいなかった。
まず、勝太郎の退屈を癒してくれたのは、松安である。
ノックも挨拶もなく襖を開け、ずかずかと入り込んできて、勝太郎の右隣に適当に座る。
当主のパートナーなのだから、勝太郎の向かいに座っても良さそうなものだが、そこまで歩くのも面倒くさいらしい。
松安を追ってきたらしい女中の娘が、迷惑そうに襖を閉めた。
松安がやってきてすぐに現れたのが、当家主人の麟子である。
客が入ってくる襖とは斜めに反対の襖を開けてくるのは、そちらに自室があるからなのだろう。
淑やかな立ち居振舞いが、一大家宗家の当主としての威厳に満ちている。
そこに、松安と勝太郎の二人しかいないことに、彼女は軽く首をかしげた。
「おかしいわね。勝太郎殿が来られる前に、二人ともこの家の門をくぐったはずなのだけれど」
それは、防犯カメラを見ていたような、事実を確認する台詞で、勝太郎は松安と顔を見合わせる。
それは、防犯カメラを見ていたからの発言であれば、暇な証拠であるし、術を使って門をくぐる人を監視していたのだとすれば、やはり暇な証拠だ。
麟子の忙しさは分刻みのスケジュールが物語っていて、今の時間もちょっとした隙間に割り込ませたものであるから、そんな暇はないはずなのだが。
『な? おりんさんの実力って、こんなもんだろ? しのさんの転視を受け取るくらいが関の山』
『だめだよ、せいさん。声出したらバレちゃうって。みんな実力者なんだから』
それは、この部屋から聞こえてきた声で。
どちらも聞き覚えのある、つまり、今待ち人となっている二人の声だ。
いつの間に入ってきたのか、今も声はすれども姿の見えない二人は、そのあたりにいたらしい。
それにしても、二人ともいたずらっ子だ。
「ちょっと。こんなもん、ってどういう意味よ。出ていらっしゃい、二人とも」
上座に当たる麟子の位置から向かって右側に、二人並んで座っていたのが、ふっと見えるようになる。
征士はあぐらをかいて、志之武はきちんと正座をして、かなりのリラックスムードだ。
人の悪いことに、勝太郎が来るより先に来ていた、という麟子の言葉が本当なら、全員が揃うのを姿を隠して眺めていたらしい。
「ほらな。しのさんがこの中で一番の上手だ」
「隠身の術は僕の得意分野だもの。これだけじゃ比較にならないよ」
そんな口答えをしながらも、志之武も誉められたのに悪い気はしていないらしい。くすくすと楽しそうに笑っている。
普段笑わない志之武の貴重な笑顔に、勝太郎は目を奪われた。こんなに幸せそうに笑う志之武を見たのは、実は勝太郎も初めてだ。
まずは志之武を笑わせて機嫌を良くした征士は、それから麟子に向き直る。
「おりんさんっ!」
強い口調で、とがめるように征士が声をあげるので、先ほどの意味深な発言をとがめようとしていた麟子が反対に黙ってしまう。
征士は、つい先ほどと打って変わって機嫌が悪い。少し唇を突き出して、不機嫌な様子を顔いっぱいに表している。
「昨日の仕事、俺一人でも十分できるって言いませんでした?」
え、そうなの?と、志之武はびっくりして征士と麟子を見比べた。
征士はかなり怒っていて、反対に麟子はそれだけ怒る征士に驚いている。
「言ったわよ。そんなに大変な相手じゃなかったでしょう?」
「誰ですか、そんないい加減な報告する人。あんなの、俺の手には負えねぇよ。しのさんがいなかったら、今ごろ最悪な事態になってたかもしれないですよ」
それは、事実だ。
志之武が、絶対に征士には知られたくなかったことを隠しておけない状態になってしまったくらい、厄介な呪詛であった。
何しろ、慌てることのないように訓練を受けている高度技術所有の陰陽師である志之武が、慌てて持ち式神の天狗たちを呼び出してしまったのだ。
証拠とするには十分であるだろう。
そんなことを事細かに説明する征士の隣で、志之武はひたすら俯いていた。
どんな理由があっても、土御門宗家の当主をだましたのに変わりはない。咎めを受けなければならない立場だ。陰陽道使用禁止で所払いを食らっても、何の文句も言えない。
説明を受けている間、麟子は真面目な表情でそれを聞いていたが、一通り聞き終えて、手元の呼び鈴を鳴らした。
チリンチリンという心地良いベルの音が鳴り響き、3秒後、女性の声が答える。
「お呼びでございますか?」
「藤吉を呼んで」
「かしこまりました」
一度も姿を見せることなく、彼女は足音も立てずに立ち去っていく。
その聞こえない足音が遠くへ行くのを待って、麟子はため息をついた。
「ごめんなさいね、二人とも。大変だったでしょう。ありがとう、志之武さん。御手柄だわ」
誉めてもらえるならほっと一息、な志之武としては、恐縮して頭を下げるくらいが適当な反応で。
そんな様子を見て、征士は勝手に笑っている。
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