18
志之武が驚いた表情で征士を見つめるのは、性格のことと、もう一つ理由があった。
「本当?」
「何がだ?」
志之武が征士をじっと見つめてそう問うので、将門は大人しくその成り行きを見守ることにしたらしい。黙って二人を眺めている。
「誰か、好きな人がいるの?」
「は? そりゃお前、愚問って奴だろ、いくらなんでも」
思わず聞き返してつっこむ。寂しそうに、そう、と俯く志之武に、征士は思わず将門と顔を見合わせてしまった。
プロポーズ、という言葉に引っかかったらしいことは分かるのだが、何故そこで他の人が相手になるのか、理解に苦しむ。
征士の好きな相手といえば、志之武に決まっている。幼稚園時代に不忍池で再会してから、彼の頭の中には志之武のことしかない。
そんなことは、傍で見ていれば一発で分かるのに。約200年ぶりに会った将門ですら、そんな風にからかうくらい、手に取るように分かったというのに。
「そう。良かった。いつまでもそばにいてもらっちゃったら、せいさんに申し訳ないから……」
「しのさんっ!」
思わず遮った。それ以上、聞きたくない。
そんな、どうせ本心ではない言葉を、それ以上、言わせたくなかった。
『何を申しておる。志之助らしくもない。何があったかは知らぬが、その言葉は、征士郎に対する裏切りじゃぞ』
はっ、と志之武が顔を上げた。
二人と仲が良いことを自慢にすら思っている将門が、初めて志之武を叱りつけた。叱る、ということは、それだけ叱った相手を思っていなければできないことだ。将門は、言葉とは裏腹に、かなり優しい目で志之武を見つめている。
将門に叱られて、しばらく驚いていた志之武は、やがて、ゆっくりとうなだれた。足元の砂利に涙が落ちる。征士に抱き寄せられて、しがみついた。
「ごめ……」
「いいよ。なんとなく、わかってるから。ねぇ、気にしないで。また、何か辛い目に合ってたんでしょう?」
そんな風に優しい口調で宥められて、はっと征士を見上げた志之武は、それから、激しく首を振った。
それは、気にしないなんて出来ない、という意味なのが、良くわかる。
そこで、口を挟んだのが、将門だ。基本的に、二人を自分の息子か何かのように可愛がっている彼は、とにかくこの二人だけはどうしてもくっつけたいらしいが。
『わしの時代は、近親相姦なんぞ、別に珍しくもなかったがのぅ。そんなに知られたくないものか?』
「あぁ、親か。そりゃ、辛いわ。ごめんな、気付いてやれなくて」
いい子いい子とするように、征士に頭を撫でられて、志之武は驚いた顔で見上げた。
身長差が以前ほどはないものの、それでもやはり志之武の方が低くて、かえって頭が撫でやすいのかもしれないが。
「嫌、じゃないの?」
「何が? 親が相手だってことか?
そんなこともありえるだろうよ。とっくに覚悟はついてる。
本家の長男だもんなぁ、滅多な奴ではないと思ってたし。抵抗できない相手だろ? その程度の予測はつくよ」
「だって、また……」
「紅麟が言ってただろう? どうせ、生まれ変わってもろくな運命じゃないから、って。
だから、今度はしのさんのすぐそばに生まれて、ばっちり守ってやろうと思ってたのになぁ。こればっかりは、神様だか仏様だかの一存だから、逆らえねぇし」
ホント、悔しいよ、と征士は本当に悔しそうに唇をかみ締める。
自分のことでこんなに思ってくれていることに、志之武は素直に感動してしまった。それから、やはり申し訳なく思ってしまうのだ。
自分さえ存在していなければ、彼にそんな辛さを味わわせなくても良かったのに。
そんなに噛んだら切れちゃうよ。そう囁いて、征士の口元に人差し指を当てて。
途端に、抱きすくめられた。
「しのさんっ。愛してるっ」
無理やり唇を奪われて、びっくりして一瞬もがいた志之武だったが、それからうっとりと目を閉じた。
腰を強く抱き寄せられて、首の後ろに腕を回す。
神社の境内という公衆の面前にもかかわらず、二人とも恥ずかしげもなくそんなラブシーンをさらけ出すのに、少し驚いた将門は、それから自分たちの周りを見回して納得した。
いつの間に張ったのか、隠身の結界が張り巡らされていたのだ。
つまり、現在そのアツアツぶりを見ているのは将門一人。
『末永く、幸せになれよ。二人とも』
声をかけられその存在を思い出した二人は、慌てて離れて、将門のほうを見やる。
そこにいるはずの姿が見えず、顔を見合わせた。声をかけて、どうやら気を利かせてくれたらしい。
征士は嬉しそうに頬を緩め、志之武は耳まで真っ赤になって俯いた。
その耳元に、征士の熱を持った声が囁く。
「俺の部屋、おいでよ。一人暮らしだから気兼ねすることないし」
それは、もちろん、恋人を自宅に誘うのと目的はさして変わらず、それがわかって志之武は恥ずかしさに顔も上げられなかったが、そのままで頷いた。
そっと抱き寄せられ、額にキスを受けて。
「一緒になろう? 俺に、しのさんを守らせて」
それはきっと、幼稚園時代に再会してから今まで、あれでもないこれでもないと考えてきたプロポーズの、結論。
ゆっくり顔を上げて、志之武はそんな歯の浮くような台詞を言った征士を見上げる。
事のほか真剣な表情の彼は、それだけ本気で言っているのがわかった。分かったから、志之武はぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
本当は、志之武の方も、ずっと考えていた。
征士に再会できたら、どうやってプロポーズしようか。征士に先を越されたら、どうやって答えようか。
絶対会えない、と、そう思っていた一方で、やはりこちらも憧れは持っていて。
きっと、志之武の結論はこれではなかったのだろう。だが、今の彼が言える、精一杯だった。
志之武の返事を受けて、征士の表情が急に和らぐ。
「将門さんに、仲人、頼もうな。しのさん、白無垢」
「え〜? 男同士だよ?」
「ぜってぇ似合うって。しのさん、前にも増して美人に磨きかかってるもん。……あぁ、そうか。言い寄ってくるムシどもに苦労しそうだなぁ」
全部追っ払ってやる、と変な意気込みを見せる征士に、志之武はくすくすと幸せそうに笑った。
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