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「あゆみさん、貴女、もしかして、山中あゆみさん?」

 えっ?

 その苗字は呪いをかけた人の苗字で、つまりは、呪った人の娘ということになる。もっと言うと、呪いをかけるために自分の娘を利用したのだ。
 全員の視線があゆみに注がれた。
 あゆみは、自分の苗字は言っていないのに言い当てられたことに驚いたようで、きょとん、と目を丸くしている。それから、小さく頷いた。
 途端に、征士が眉をひそめる。

「磯村さん。おたく、一体どんな恨みを買ったんです。娘の自殺霊を利用して呪うなんてことを、男親にさせるなんて、相当恨みが募っていなければできませんよ」

「違う。せいさん。あゆみさんは自殺じゃないよ」

 これには、当のあゆみですら驚いたようで、思わず身を乗り出した。結界から出かかって、慌てて征士がその肩を押さえる。

『どういうことですか?』

「考えたくないことでしょうけどね。貴女を殺したのは、貴女の実のお母さん。お父さんは、そんなことをしてしまうほどお母さんを追い詰めた磯村のご主人を呪ったんですよ。
 磯村さん、薄々お気づきでしたでしょう?
 娘さんは、だから、あゆみさんをイジメたんです。父親を奪った女の娘、でしょう?祐美子さんにとっては。
 わかる?あゆみさん」

『……でも、だからってどうして母が私を殺すの?』

「ノイローゼ。旦那の会社の社長に無理やり従わされて、平気でいられるわけがない。
 その上、磯村のご主人の子供を身篭ってしまったんです。たぶん、お腹の子供を殺したかったんでしょうけど」

『そんな……。酷いわっ。母をそんな風に追い詰めるなんて、何て男なの! そんな奴、呪われて当然よっ』

「そうだね。僕も、そう思う。
 でも、その呪いのために貴女を利用するなんて、僕は許せないよ。他にも手はいくらでもあるし、そんな大人同士の話に娘を巻き込むのがどうかしてる。
 貴女はもう休んで良いんだよ?あゆみさん。今楽にしてあげるから。それと、ご主人本人に、少しお仕置きが必要だね」

『ホント? ちゃんと、懲らしめてくれる? お母さんを助けてくれる?』

「うん。それは、約束する。お父さんもお母さんも、助けてあげるから。貴女は天国に先に行くんだ。いいね?」

 事実を事実として淡々と語る志之武に、それはとんでもないはずなのに、あゆみはさして外界に影響が出るほどの霊障を起こすこともなく、受け入れることが出来たらしい。志之武の促す声に、こくりと素直に頷いた。
 それは、そんな言い方をすれば、生きている人間ですら心を乱して当然のことなのに、身体から離れて感情のみの存在になった彼女がそうして受け入れられること自体、本来ならば驚くべきことで、志之武の本来の力であるらしい。征士ですら驚いている。
 傍で見ている磯村の奥さんとお手伝いは、もう声も出せないほどのショックでそこにうずくまっていた。

「呪術返しをしましょう。
 せいさん、彼女をしっかり押さえていて。
 あゆみさんは、天国に昇ることだけ考えて。大丈夫、貴女には行くべき光が見えるはず。
 天狗たち。呪路を断つから、手伝って」

 指示を受けて、天狗たちが一斉にその姿を消す。
 征士は祐美子の身体をしっかりと抱き寄せた。あゆみもまた、征士にすがりつく。
 志之武は、この日初めて、仕事道具をかばんから取り出した。といっても、インクカートリッジ式の筆ペンと短冊状の紙が1枚。
 何だかミミズののたくったような文字を書き、それを両手に挟んで祈り始める。
 志之武の背後に陽炎が立つのを、その場にいた全員が目撃した。
 それから、ぱっと目を見開くと、征士の得物であるはずの畳に刺さったままだった刀を引き抜き。

「呪路切断っ」

 ざんっ。

 空を切ったはずのそこから、まるでぴんと張った何本かの縄を切り落としたような、バン、とも、ブチブチ、とも聞こえる音が、部屋いっぱいに鳴り響いた。

 ふらりと倒れてくる祐美子の身体を、征士は難無く支え、そこに霊気が感じられないことを確認、畳に横たえてやる。それから、結界の解けたそこから這い出してくると、志之武のそばへ寄っていった。
 志之武は、そこに、放心したように座り込んでいる。肩に手を置いたら、ゆっくりとこちらに顔を向けて、うっすらと微笑んだ。

「お疲れ様」

「こんなに真面目に仕事したの、久しぶりで。疲れちゃった」

 えへ。そんな風に、子供っぽく笑った志之武を、征士は自分の胸に抱き寄せた。
 途端にしがみついてくるのを、嬉しく思う自分を確かめて、こんな状況下にいるのにほっとする。
 志之武を自分の腕の中に守っている気がしてくるのは、今それだけ頼ってくれているからだ。それが、嬉しくて仕方がない。

「さ、もう一仕事だ」

「あゆみさんに約束しちゃったもんね」

 いつのまにか阿吽の呼吸が出来ている。
 多くを語らなくても、正しい答えが返ってくる。
 慣れた感覚。
 これがあるから、手放せない。
 生まれ変わっても。

 にこっと笑ってみせる志之武の頭を、征士は幼い子供にするように優しく撫でていた。





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