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 急な状況の変化に、征士は緊急事態を悟った。
 携帯電話を取り出して、麟子の番号に直接かける。が、呼び出し音がならない。
 場が、この霊に奪われている。
 外に出ようと襖に手をかけ、それが開かないことに気付いた。

「冗談だろ」

 霊剣術、霊力を帯びた剣術であるとはいえ、使用するものは真剣である。これで襖を切るわけにもいかない。
 実質現象が今のところこれだけなので、逆にそこまでの踏ん切りがつかないのだ。
 どうしよう、と志之武を振り返り、志之武もまた左手の携帯電話を仕舞っているところであるのに気がついた。叔父に電話をしようとしたのだろうが。

『無駄だよ。誰もここから出してあげないから。あたしと一緒に地獄に落ちるんだよ』

「落ち着いて。ね? 貴女の名前を教えて?」

 彼女の両肩に手を置き、志之武が自分のできそうなことを始めるのを見て、ほっとした。
 失敗続き、とは聞いたが、そういえば、逃げ出したとは聞いていない。もしかしたら、何とかなるかもしれない。そう、ちょっと期待を持ってみる。
 何にしろ、駆け出しの若造二人では、どこまで出来るものやら。

『名前なんか、どうだっていいんだよぉ』

「良くない。貴女を何て呼んだら良いのか、教えて? 祐美子さんじゃ、ないんでしょう?」

 落ち着いている。
 それは、陰陽師としての基本だ。術者は常に冷静を保つ。でないと、正常に術が動作しないのだ。
 さすがに本家の血筋だからなのか、「しのさん」だから当然なのか、征士は未だに判断が付けられない。
 今のところ、どちらもアリだ。

「僕はシノブ。貴女は?」

『……あゆみ』

 現代人の名前だ。
 女の霊というとどうしても、名前の前に「お」がつく世代を思い浮かべてしまうのは、発想が貧弱すぎるかもしれない。少し自己嫌悪する征士である。

「あゆみさん。ねぇ、お願い。貴女を助けてあげたい。だから、助けてくれる人を、ここに呼んでも良いでしょう?」

『駄目よ。みんなでよってたかってまたあたしをいじめるつもりでしょう。もうその手には乗らないわ。みんな一緒に地獄に落ちるの。決めたのよ。決めたのよ。決めたのよぉ』

 勝手に決めるな、と胸中で突っ込みを入れ、征士は外へ出るのを諦めた。代わりに、自分の荷物に近づいていく。

『あたしは生きるの。この女を追い出して、あたしが生きるの。だってそうでしょ? あたしはこの女のせいで死んだのよ。生きてやる。生きてやるぅ』

「殺され、たの?」

 聞き返し、母親を見やった。
 とんでもない、と母親は首を振るが、どこまで信じてよいものやら。母親の証言など、こと犯罪に関しては信用できるものではない。

「イジメを苦に自殺、か」

『殺されたのよぉ。この女に殺されたのよぉ。自殺なんて、自殺なんて、自殺なんて、自殺、自殺、自殺自殺自殺自殺自殺自殺自殺。うぎゃぁああああああああ』

 大声で叫び、畳の上を這いずって、ドタンバタンと身体を叩きつけ、もがき回る。
 それは、まさに怨霊に祟られた姿そのもので、志之武はそれを、どうやら想像できなかったらしく、後ずさりに壁際に張り付いて、恐怖に満ちた目で見守った。
 その姿は、どう考えても危険だった。自分の剣に手を伸ばしながら彼女に駆け寄っていく。
 が、掴めるはずの剣が、手元になくなっていて。

「やべぇっ」

 おもわず叫んでしまった。
 なにしろ、いつの間に封をといたのか、抜き身の剣が浮き上がり、自分を、いや、彼女を狙っているのだ。
 鈍く光る刀身の、その切れ味は征士が一番良く知っている。

 その宙に浮いた刀を、取り返そうとは思いもつかなかった。それよりまず、彼女を守るのが先決で。
 手元に届いた鋼拵えの鞘を取り、迷うことなく彼女に覆い被さった。
 その征士の背中をめがけて、征士の刀がまっすぐ襲い掛かる。
 鞘で刀を受け止める形を取りながらも、思わず目をつぶった。
 駄目だ、防ぎきれない!





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