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 翌日。

 JR新宿駅東口アルタ前。そこに、征士は立っていた。
 紫色の布に包んだ長い棒状の物体は、仕事で使う得物だ。それは、それだけでは目立ってしまうため、剣道家が使用するものと同じ形の道具袋を一緒に担いでいた。
 中にはビニール風船が入っている。つまり、剣を目立たなくするためのカモフラージュでしかない。

 征士は、約束の時間になってもかかってこない携帯電話を見つめていた。
 こちらからかけようにも、向こうの番号が分からない。
 職業柄動体視力は抜群な目で周りを見回しても、昨日見たその姿は見つけられなかった。すっぽかされたとも思えないが。

 約束の時間から10分経って。ようやく電話がかかってくる。

『土屋です。ごめんなさい、遅刻しちゃって。どちらですか?』

 それは、昨日の志之武よりは少し砕けた、同年代の青年の声で、征士は少し肩の力を抜いた。

「今、アルタ前に立ってる。剣道具持ってるから目立つと思うけど」

『アルタ?』

 聞き返されて、はっと気がついた。そういえば、志之武は京都から出てきたばかりだ。
 もしかしたら、道に迷っていたのかもしれない。なにしろ、新宿の駅は初めての人間には優しくない。

「そこからでかいスクリーン見えない? その真下」

『わかりました』

 答えて、電話が切れる。
 しばらくして、駅出口を出てくるその姿が見えた。
 髪が短く見えるのは、三つ編みにして頭の後ろにシニヨン風にとめているせいだったらしい。おかげで、どう見ても男装の令嬢なのだが。

「遅くなりました」

「いや。悪かったな、こんな分かりにくいとこで。迷ったろ?」

 ええ、少し、とそう言って、はにかむように笑ったのに、征士は目を見張る。
 可愛い、と表現できる、そんな笑顔だった。
 ただし、前世で知っている相棒の「しのさん」はしなかった笑い方だが。

「行こうか。地下鉄であと三駅だ」

 ならそこで待ち合わせをすれば良かったのだが、待ち合わせを決めたときに征士も具体的な場所は知らなかったので、仕方がない。大人しくついてくる志之武を促して、征士は駅の方へ進んでいく。

 目的地は、地下鉄の一番遠い出口を出て10分ほど歩いた先にあった。
 その間、会話が一度もない。征士が話し掛けても、頷く、首を振る、首を傾げる、の3パターンしか返ってこないのだから、会話になりようがないのだ。

 もうすぐ目的地、というころ、痺れを切らした征士が、大きなため息をついた。

「なぁ、俺のこと、嫌い?」

 え? 珍しく本当に不思議そうな表情で、首を傾げる。やはり、何も言ってはくれない。

「話し、できない? さっきから、何も言わないじゃない」

「別に」

 久しぶりに口を開いた彼の台詞は、それだけ。可も不可もない。

 そう思って、自分の思った台詞に驚いた。
 可も不可もない。当り障りがない。人に嫌われないかわりに好かれもしない。ただそこにいるだけ。
 そういう存在に徹している。

 これが、自分の前だから、ということではなく、普段からこうなのだとしたら。
 苦しくはないのだろうか。人として、辛くないだろうか。存在を、認められない、という状態が。
 それとも、その方がまだましだ、と思えるほど苦しい思いをしてきたのか。

「仕事、さっさと片付けようか」

 まともに仕事できない、失敗続きだ、という話はすでに勝太郎から聞いている。
 信じられなかったが、それもありえるかもしれない。
 今の志之武は、それだけ、やる気がない。そもそも、生きる気力すら感じられない。これは、想像以上にてこずりそうだ。
 そう思って、思わず本当にため息が漏れてしまう。





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