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しぶしぶながら話し出した征士の話は、確かに、突拍子もないものであった。
彼らには陰陽師としての常識があるから、尚更。
「まず、ここにお集まりのみなさん。前世を知っています。
まったく歯痒いのが、松安先生とおりんさん。いい加減白黒はっきりさせてください。200年もあれば、決心もつくでしょ、師匠。
それから、勝太郎殿。いや、兄上と呼ばせていただきます。実際、前世ではそうだった。これでも、ちょっと嬉しいんです。兄上が、俺ではなくてしのさんのそばについてくれたから。
おつねさんとは、もうお会いになりました? とてもお似合いだから、今生でも一緒になってくれてたら嬉しいです」
「常子は私の女房だが。……え? 前世?」
そんなこと、あるはずがないのだが。
ぴん、と背筋を伸ばして、つい先ほどまでの現代の若者風な態度が、どこかへ消し飛んでしまう。
それは、師匠でさえ驚く、驚くべき変化だった。問題発言を連発する征士だけが、平然としている。
「しのさんは、私の相棒だった人です。
今生では、もう巫女体質なんて厄介な身体ではなくなってますか? 本当に、何でも降ろすから、病で亡くなる直前は大変だった。亡霊やら仏様やら、ひっきりなしで。仕方なくて守護仏のダキニ天に助けてもらったくらいです。
そんな身体だから、幼い頃から苦労してて、俺と出会う直前まで、本当に、生きているのがかわいそうになるくらいボロボロで。
しのさんの式神たちが、どうせ来世もまともな人生にならないだろうから、なんて言ってたから、気にしてたんです。あいつ、幸せにやってます? 生きるために身体差し出すなんて、そんな辛いこと、させられてません?」
思い出したら、心配になってしまったらしい。少し涙目で、勝太郎を質問攻めにする。
それは、その一言一言が、勝太郎の心を苦しめた。
何しろ、その話が本当で、自分の知っている甥が本当にその相手なのだとすれば、今生でも同じような辛い目に合っているのだ。
自分が救い出してやれなければ、まだまだ先は長く続く、地獄が待っていた予定で。
「ちょっと待ってください。その記憶を、もしうちの甥がその「しのさん」であれば、彼も持っているんですか?」
「ええ、そのはずです。俺と一緒で、ガキの頃に偶然再会したときに、お互い思い出していたから」
なんてこった。そう、勝太郎は呟き、天井を仰いだ。
感情を、殺してしまうわけだ。あれだけ冷めた反応も、今の話で理解できた。
前世でどんな辛い目に合ったのか、具体的にはわからない。どうやら、征士は具体的な単語をすべて飲み込んでしまったらしいからだ。
だが、前世で言葉に表せない苦労をし、今生でも言葉に表せない苦労をしている。
それは、自分を殺す、そういう判断をする理由として余りあることであった。もしかして、彼の、本心から笑えない、今の様子は、そのあたりから来ているのかもしれない。
「だとすれば、どうやったら助けてやれるんだ」
思わず、口に出していた。
勝太郎の苦悩の表情に、麟子と松安は顔を見合わせ、征士はまじまじとその表情を見つめる。
それから、征士もそろって、ため息をついた。
「そうですか。やっぱり、苦労してましたか」
それは、二十代そこそこの男が見せるような表情ではない。大きなため息をつき、彼は勝太郎と同じように天井を仰ぎ見た。
それから、何を思ったか、麟子を真剣な目で見つめる。
「麟子様。お願いがあります」
「彼に会わせろ、ですね?」
それは、彼女もそれしか考えられなかった、志之武を助けてやれるかもしれない手段だ。
それを聞いて、勝太郎は顔を上げた。思わず身を乗り出す。
「お願いできますかっ」
「会わせましょう。私も、彼には会ってみたい。出来れば、近いうちに。
そうですね。来週の今日あたり、いかがですか?」
それは、きっと麟子自身の都合のせいなのだろうが、まだ落ち着かない志之武を無理やり連れては来られないのも事実で、勝太郎は力強く頷いた。
ついで、目で問い掛けられた征士は、もっと早く会いたい気持ちを律し、深く頷くのだった。
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