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 そこへ、四人目の声がする。
 それは、麟子を驚かせるに十分な声であったらしい。はっとそちらをみやる。

 いたのは、20代前半の若い男だった。なかなかのハンサムである。

「先生。何でまた、俺を連れてきたんです? まだ説明を聞いてませんよ?」

 それは、松安の弟子だった。
 敬語を使ってはいるものの、はっきり抗議する様子は結構強気だ。
 それを、注意する様子も見えないということは、松安の方もさっぱり気にしていないらしい。

 抗議の声をあげた彼は、それからふと周りの様子に気を止め、少し小さくなってその場に座り込んだ。

「失礼いたしました」

 さすがに、それくらいの礼儀は心得ていたようだ。まぁ、今時の若者に比べれば、礼儀がなっている方だろう。

「まぁ、いいじゃねぇか。俺は、お前のためを思って、連れてきてやったんだぜ。感謝してくれてもいいくれぇだ」

 見事場所を無視したべらんめぇ口調で、松安は弟子にそう言う。それを見上げて、麟子は軽くため息をつく。

「仕方のない人ねぇ。人がせっかく珍しく当主としての演技をして見せてるところに、わざわざ邪魔をしに来るんだから。
 セイジ君。貴方を呼んだのは私なのよ」

 今までの厳かさが嘘のように、突然麟子の様子が砕けた。
 ついでに、しっかり正座をしていた足も崩して、肘掛に寄りかかる。松安は、勝太郎の横にどっかと腰を下ろした。

「どうぞ、楽になさって。貴方に他意がないことは承知しています、勝太郎殿。
 私が貴方の面会要請を受けたのは、その内容を貴方の口から聞きたかったから。
 甥御さんの事、でしたわね」

 もちろん、会見を願い出たときに、内容の概要は話している。
 それが、どうやら彼女が会見を受け入れた理由であったらしい。
 そして、今までの態度が、どうやら自分を試していたらしい、とわかり、少しほっとした。砕けてくれたということは、合格だったのだろうからだ。

「はい。私の甥、土屋志之武のことです」

「え? つちやしのぶ?」

 答えた途端に、なんと、この場で最年少の、松安の弟子が口を挟んだ。
 聞き返し、師を見やる。そして、麟子に目をやり。

「そういうこと?」

「そういうことだ。会いたいだろう? 彼のために、厳しい修行を耐えてきたんだからなぁ」

 それは、はっきりと弟子をからかう口調なのだが。
 そんなことも、もしかしたら耳に入っていないのかもしれない。師に確かめて、大慌て、といった様子で勝太郎に駆け寄る。

「しのさんが、何か言ってませんでしたか?
 俺の名は、中村征士といいます。彼は、せいさん、って呼んでくれるはずなんだ。
 ガキの頃に一回会っただけだけど。土屋志之武って、言ってた」

 会いたい。

 それは、心の底から、搾り出すような、そんな声だった。心底心のこもった。

 しかし、勝太郎は、首を振った。
 青年には気の毒だが、だからこそ、事実を伝えるしかない。

「私は、聞いたことはない。貴方の名前も、今日初めて聞きました。
 人違いかもしれないし、もし甥が貴方の捜しているその人であるのなら、忘れているのかもしれません。そんな余裕は、きっとなかっただろうから」

「え?」

 最後の一言を聞くまで、青年は最初の一言目で、肩を落としていた。
 そんな余裕は、きっとない。それは、青年にとっては、十分にショックを与える言葉であったようだ。
 はっと顔を上げ、悔しそうに顔をゆがませる。

「また、苦労したんだ、あいつ。くそ。何でこんな離れたところに生まれちまったんだ」

 それは、聞きようによってはとんでもなく意味深な、独り言だった。深読みするならば。

「お前、それ、言葉が変だぞ。ガキの頃に仲良くなった友達、じゃなかったか?」

「師匠。俺、大昔からの大親友だ、って言わなかった?」

 何でそんなに軽い表現になってるんだ、と突っ込まれて、松安は少し驚いたらしい。
 突っ込む割に、征士の表情が、諦めに似た色を見せている。理解されるとは思っていない、そんな目つきだ。
 それは、陰陽師や霊に関わる仕事をする人間が相手では内心を推測するのにそう手間取ることもない簡単な心理分析で。

「詳しく話してみてもらえないかしら?」

 これは、深く突っ込む価値がある。そう、彼女は判断した。
 自分の恋人である松安の弟子だ。それだけでも興味をそそる相手なのに、その相手がまた、興味深い表情を惜しげもなく晒すのだ。知りたいと思うのは、陰陽師としての性だろう。

 問い掛けられて、彼は少しうつむいた。

「信じられるとは思いませんが」

「でも、現に事実なんだろう? 師匠も信じられねぇのか」

「だって、ちゃんと、話しましたよ? 師匠には。それを、あそこまで訳されちゃ、信じてもらえるとは思えないよ」

 それは、すでに実績が物語っている。
 そう、彼は言いたいのだ。
 そして、そこを突っ込まれると、松安としても、黙り込むしかない。

「でも、私には、そして、この勝太郎殿には、まだ貴方の口から話していないわ。
 もともと、松安は人の話を真面目に聞かないもの。無視しなさい、こんな男」

「うわ、ひでぇ」

 恋人だからここまでこき下ろせるのだが、そう言われて、少し悲しそうに松安は眉を寄せた。その表情に、征士が軽く笑う。





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