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 それから一週間後。

 勝太郎は土御門本家の奥の間にいた。

 勝太郎の人生も、後で振り返るとなかなか面白い。

 裏御門、土屋家の直系の次男として生まれ、順調に国立大学経営学部を卒業。
 ところが、卒業後実家に戻ってくることもなく、そのまま家出をしてしまったのである。
 これには、当時まだ厳しい人として知られていた当主も怒りを納めきれなかった。
 何しろ、ただ家出をしただけならまだしも、生まれたときから交わしていた許婚を勝手に解消し、何の専門教育も受けていない一般人と結婚して、東京に出て行ってしまったのである。父親として、当主として、許して良い行為ではない。

 東京に逃げ出して、勘当を当然のことのように受けて、最初勝太郎は大手商社の営業マンとして就職した。陰陽師に戻るつもりはなかった。
 しかし、就職した商社が不祥事で民事再生法の適用を受け、これ以上ここにいると共倒れの憂き目に合うと判断した勝太郎は、そこで見切りをつけて仕事をやめ、昔とった杵柄から、折からの占いブームに乗って、日本占星術と称して商売を始めた。
 何しろ、英才教育を受けた元プロである。占いはピタリピタリと当たり、一躍有名人となった。

 そこで、調子に乗ったのがいけなかった。
 何しろ、使っているのは陰陽道である。土御門家がいつまでも黙っているはずもない。
 クレームをつけられ、脅迫まがいのことまでされて、ようやく勝太郎は自分の失敗を悟る。
 その後、土御門家へ正式に商売の申請を出し、認める代わりに仕事をしろとの交換条件を受けた。
 そして、今に至る。

 ただ、この時、交換条件を引き受けるには、彼なりの葛藤があった。
 基本的に、組織に嫌気がさした人間である。そうあっさりと認められたわけがない。
 そこに、決定打を与えたのが、志之武の存在だった。家を飛び出したとは言え、本家の人間である勝太郎だ。その勝太郎を、二三子が頼ったのである。

 二三子は、自らの危険を承知で、わざわざ東京まで出てくると、当時有名になっていたおかげで知った連絡先を頼りに、直接家まで訪ねてきたのだ。
 そんな二三子を追い返すことは、勝太郎には出来なかった。女中頭の二三子は、勝太郎にとっても第二の母なのだ。

 切々と訴えて去っていった二三子を見送って、勝太郎は、気の毒な甥っ子を助ける決心をする。
 当時、志之武の年齢は14歳。中学2年生であった。

 そして、あれから10年。

 業を煮やした勝太郎は、とうとう行動に出る。10年間で下準備は整った。後は、これだけだった。

「お初にお目にかかります。真壁勝太郎にございます」

 勝太郎は、自分を土屋家から追い出したけじめをつけるため、妻の姓を名乗っている。つまり、進んで婿養子に入ったわけだ。
 真壁家でも、常子は一人娘であったから、大歓迎を受けた。

「土屋の血を引かれる方とお聞きしました。違いましたか?」

「左様にございます」

 意外と若い女性の声に驚きながら、勝太郎は平伏したまま答える。まだ、その姿勢を解く許しは得ていない。

 そこへ、自分も入ってきた襖の向こうから声がかけられた。

「麟子様。松安様がお見えです」

「御通しして」

 勝太郎を平伏させたまま、別の客を通す。こりゃ、出て行くまでこのままかな、と勝太郎は内心肩をすくめた。
 しかし、救いの手は意外なところから差し出される。

「おいおい、おりん。大の大人をいつまで土下座させとく気だい?」

 それは、麟子の内縁の夫と噂される、霊剣術師の男であった。
 この世界では、有名人である。何しろ天才との呼び声が高い。

 昔はなかった制度だが、現在、土御門に所属する高位陰陽師には、必ず一人以上の霊剣術師が割り当てられる。
 霊剣術とは、剣の力で悪鬼を滅する、霊力修行を受けた剣客のことである。
 江戸の幕末に世に出始め、今ではあって当然の職業の一つだ。

 この男、橘松安もその一人である。その一人、というよりは、第一人者だ。そして、麟子のパートナーでもあった。

 松安に促され、麟子は何か言いたげな表情をしたが、それからため息をつく。

「面をおあげなさい。土屋勝太郎」

 あくまで、土屋の血筋のものである、という事実を強調したいらしい。
 そう判断して、勝太郎は少し落胆の色を隠せなかった。
 この人ならば、志之武を助けられるかとも思ったのだが、無理な話だったのだろうか。それだけ、土御門と土屋の溝は深いのだろうか。

 そんな、勝太郎の様子を、麟子はまた、穏やかに見守っていた。
 ここで、あくまでも苗字を言い直そうとするのであれば、その程度の男である。それ以上の見込みはない。それが、彼女の判断基準だ。
 そんなやりとりを、後からやってきた松安だけが、楽しそうに眺めている。





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