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 電話を切って、次にまた別の場所に電話をかけ始める。
 今度の勝太郎の態度は、実に嬉しそうで、今にも鼻歌を歌いだしそうだった。

「あ、おつね? ごめん、もう寝てた?」

 電話の向こうから「そんなわけないでしょ」という常子の声が聞こえてきて、志之武はくすくすと笑い出した。
 おおっぴらに笑わないところが志之武らしいのだが、それにしても、その程度で笑われるのには納得がいかず、勝太郎が不思議そうな顔をする。

「あ、ごめん。で、朗報があるんだ」

『あら、なぁに?』

 勝太郎の妻、常子の声は、結構通る。これだけ離れたところにも、はっきり聞こえるくらいだ。携帯電話の音量のせいかもしれないのだが。

「志之武君を連れて帰ることにした」

『きゃあ、それ、本当? 嬉しいっ。楽しみにしてたのよぉ』

 本当に嬉しそうで、聞こえている志之武の表情が、かなり和らいだ。

『それで? いつ帰ってくるの?』

「明日の新幹線で戻る。仕事が、午前中には片付くから、午後一かな?」

『志之武君にお仕事手伝わせちゃ駄目よ? ちゃんとお休みさせてあげなくちゃ』

「わかってる。志之武君に代わろうか?」

 お願い、とはしゃいだ声が返ってくるのに、勝太郎は苦笑した。旦那よりも、甥っ子の方が嬉しいらしいのが、微妙に複雑な心境になる。
 それから、自分はいい、と手を振る志之武に、無理やり携帯電話を持たせた。

「もしもし。代わりました」

『志之武君? 久しぶりねぇ。元気だった?』

「えぇ、おかげさまで。常子さんは、お元気そうですね」

『元気元気。志之武君が来てくれるなら、元気百倍っ。
 あ、でね? 志之武君、明日のお夕飯、何食べたい? 好きなもの教えて? 腕によりかけちゃうから』

 滅茶苦茶はしゃいで、常子がそう問うのに、志之武は初めて、優しい笑みを見せた。
 それは、勝太郎が驚いて目を見張るほどの、穏やかな微笑で。

「カレーがいいな。あんまり辛くなくてコクのある」

『こくまろ中辛ってとこかしらね。了解っ』

 普段日本食ばかり食べているはずの志之武の答えに、勝太郎は少しいぶかしんだ。
 陰陽師は意外と体力を消耗するので、精進料理、とは言わないが、それにしても、カレーなどめったに食べられない料理のはずで。

 電話を切って、疑わしげな叔父の視線に気づいたのだろう。それを受けて、志之武は軽く肩をすくめる。

「家では食べ物が喉を通らないから、たまに夜中抜け出して食べに行くんです。あの時間で一番近いのが、カレー屋さんだから」

 家では、必ず父親と一緒に食事をするから、食べられるものも食べられなくなるのだ。
 それを、知っているからこそ、あ、と息を呑んだ。
 状況の割には痩せていないから、今まで気づかなかった。自分で体力は付けていたらしい。
 それは、親元を離れて大学へ行ったからこそ出来た自由で、ということは、大学時代ぐらい一人暮らしをさせろと口を酸っぱくしたのが功を奏していたらしい。

「でも、よくあの家から抜け出せるよね。で、見つからないで帰れるのがすごいと思うよ」

「それは、でも、子供の頃からあそこで生活したから、穴を知ってるもの。それさえわかれば、素人だって簡単ですよ?」

 ふふっと、少しだけ自慢げにそう言うのに、おぉ、なるほど、と勝太郎は大げさに驚いてみせる。
 確かになるほど、頷ける話だ。だが、あっさりとやってみせるのは、やはりそれだけの実力があるからで。
 実際、どこまで力があるのか、見てみたい気もする勝太郎だった。
 とはいえ、しばらくは何もしないで休ませてやる方が先決なのだが。

「さて、じゃあ、明日のカレーを楽しみに、今日は寝るか」

「荷物、取ってきます。手ぶらじゃ、大変でしょう?」

「あぁ、良い。行かなくて。そろそろ二三子さんが来てくれる頃だ」

 え?
 それは、想像もしていなかった答えで、思わず志之武が問い返す。
 丁度、そこに呼び鈴が鳴った。





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