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「最近は、どうだね? 兄貴は、あいかわらずか?」

「どうでしょう。なんかもう、どうでも良くなっちゃって。最近、何も感じないんです。感覚、麻痺しちゃったのかな。どうせ逃げられないから、ありがたい話なんですけど」

 そんな自己分析をする甥に、勝太郎は驚いて目を見開いた。
 すでに、そこまで精神が病んでいるのだ。
 何も感じない。つまり、自己保身のために感情を殺してしまった。
 この前に会った時には、もう嫌だ、とここで泣いてくれたのに。
 助けるなら、もうリミットが近い。これ以上病が進行すると、今度は精神が死んでしまう。廃人になってしまう。こんなに良い子なのに、こんなに能力があるのに。
 そんなことは、叔父として、いや、人間として、許せなかった。

「逃げようか」

「え?」

 この叔父に、一体何て言われたのか、一瞬理解が出来なかった。
 逃げる、などという言葉は、志之武の行動選択肢から排除されている。それは、選択してはいけない通行禁止路だ。

「なんですか?」

「逃げよう。東京に、連れて逃げてあげるよ。
 これ以上、我慢することない。もう少しなんだ。もう少しで、志之武君を守ってあげられる。
 本当は、来週か再来週にでも迎えに来るつもりだったけど。そんなに待てない。今すぐ、逃げよう」

 それは、このとき初めて甥の前にさらけ出した、勝太郎の本心で。
 こんなに熱心に自分を誘ってくれるのが、信じられなかった。
 ずっと、深入りはしないけれど、守ってくれる人だ、と、そう見ていた相手だから。

「でも、叔父さんに迷惑かけるし」

「迷惑じゃない。私について来てくれ。
 本当に、もう少しなんだ。来週、土御門の当主に会える。そうしたら、志之武君を、土御門の力で守ってあげられる。
 そこまで来たんだ。信じてくれ」

 向かい合わせに座った志之武を、勝太郎はそばまで寄っていって、がしっとその肩をつかみ、胸に抱き寄せる。
 それは、志之武が恐がる行為なのは知っていて、それでも抱きしめずにはいられなかった。
 自分たちに子供がいない分、まるで自分の子供のように見えて仕方がない。
 その子が、これだけ苦労しているのだ。心を病んでしまうくらいに。
 放っておけというほうが無理である。

「土御門の?」

「そう。あそこの女性当主に、麟子様にお会いできることになったんだ。もう一息だ」

 りんこさま?
 呟くように問い返す志之武に、勝太郎は力強く頷く。そして、もう一度駄目押しのように言うのだ。

「一緒に東京へ行こう。そして、一緒に暮らすんだ。
 常子も、私が志之武君を連れて帰るのを心待ちにしている。
 もう、我慢することはないんだ。逃げてしまおう。私は、志之武君を幸せにしてあげたい」

 かき口説くように、勝太郎がそう言い募る。
 その勢いに、飲まれてしまった。思わず頷いている志之武である。
 それを受けて、勝太郎は、良し、と力強く頷いた。

「そうと決まれば善は急げだ。父上に連絡してしまおう」

「父上、って、当主様?」

「おう。何だ、気づかなかったのか? 結構気にしてくれているぞ」

 旅行かばんから携帯電話を取り出しながら、勝太郎がからかうようにそう言う。
 勝太郎は、確か、父親である現当主を、裏切るように飛び出してきた人のはずで、そのことを気にしたのだが。

「お、二三子さんか。丁度良かった。父上に繋いでくれ。志之武君の事でといえば取ってくれる」

 なるほど、掛け橋は自分であるらしい。そう悟って、同時に驚いた。
 仲違いしたはずの親子を結び付けてしまうほど、自分はこの二人に思われていたことに、今の今まで気づいていなかったのだ。申し訳ない話である。
 ごめんなさい、と呟くと、取次ぎ待ちをしている叔父に、何を謝ってるんだ?と不思議そうに聞かれてしまった。

「ああ、父上。ご無沙汰して……。あぁ、はいはい。わかってますよ。まったく、孫が可愛かったら自分が助けてやんなさいよ、もう。
 そうじゃなくて。志之武君。うちで引き取りますから。
 ……えぇ、もう、待てません。これ以上待ったら、志之武君が壊れちゃう。……そうですよ、気づいてなかったんですか? せっかく近くにいるのに。
 とにかく、預かりますから。家の将来が心配なら、兄貴を何とかしてください。今のままでは返しませんよ」

 そんじゃ、と一方的に話を打ち切って、電話を切ってしまう。
 それは、つまりそういう間柄なのだが、この叔父もなかなか強気な人だ。一大家の当主相手にこの態度なのだから。





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