現代版・陰陽師顛末記 序章 記憶
その日、少年は初めて、東京という街に来ていた。
実際、初めてのはずである。
だが、知らない街、という気がしなかった。
それどころか、ここに住んでいたような錯覚さえ覚える。
そんなはずはない。少年は京都生まれの京都育ちで、今の今まで京都府内から一歩も外に出たことがなかった。
しかし、そんな錯覚は、いつまでも少年を惑わせた。
目の前に広がる不忍池のその向こうに、木の家が立ち並んでいるような、そんな幻覚まで見てしまう始末だ。
疲れているのかもしれない。
京都から長々と新幹線に揺られ、一緒に来た父親は、少年にここで待つように指示をしてどこかへ行ってしまった。無責任この上ないが、少年にとってはいつものことらしい。ぼんやりと池の水面を眺めていたのだ。
少年には、生まれながらに、不思議な感覚が常に宿っていた。自分の右斜め後ろに、寄り添うように存在する、人の気配。誰に診てもらっても、そこに守護霊も背後霊も憑いてはいない。実際に人が立っているわけでもない。しかし、そこにいることがさも当然のことのように、常に寄り添っている感覚がある。
物心ついて数年。さすがにもう慣れた。不思議な現象は、特に珍しくもない家の生まれだ。その程度のことで驚くほどでもない。
しかし、その時、突然いつもの存在感が何倍にも膨れ上がって、さすがの少年も驚いた。驚いて、そちらを振り返る。当然、誰がいるわけでもない。でも、何故か懐かしい、人の気配。
視線の先には、母親に手を引かれ、こちらを見ている少年がいて、ばっちり目が合った。
あ……。
少年は、そう呟くしかなかった。
みつけた。そう、視線の先の少年の口が動く。母親の手を振り解いて、駆け寄ってくる。
どうして、忘れていたんだろう。こんなに大事な人のことを。親や兄弟などよりも、もっとずっと、大事な人なのに。
「せいさん」
「しのさんっ!」
それは、多分同じ歳の男の子で、まだ声変わりをしていない同年代の可愛い声で。でも、そんなことすら、外見すら、気にならなかった。自分たちは生まれ変わったのだから、それは当たり前のこと。そして、こうして再会出来たことを、神に感謝する。
「俺、中村征士。しのさんは?」
「土屋、志之武」
「せいちゃん? どうしたの? お友達?」
向こうから追いかけてきた母親が、二人の会話を遮る。それを、彼は実に悔しそうに見返した。
「捜すから。しのさんのこと、絶対見つけ出して見せるから。大きくなるまで、待ってて?」
「うん。僕も捜す。だから、ちゃんと見つけて?」
おう。答えて、にかっと笑ったその表情が、とても懐かしい。なんでもないよ、と母親を安心させつつ戻っていく彼を、少年は涙を浮かべて見送った。
まだ自分たちは力のない子供だ。
見つけたからといって、そばにいられるわけではない。生まれた場所は東京と京都で離れている。しかも、自分はまた特殊な生まれ方をしてしまった。また、迷惑をかけてしまいそうな。
でも。だからこそ、前にも増して頑張らなくちゃ。
少年は、固く心に誓う。
大きくなって、昔よりももっともっと、運命に引きずられない力を手に入れて。
そうして、また彼を探すのだ。一緒に生きていくために。また、幸せを手に入れるために。
少年は、右斜め後ろの存在感の、本当の意味をやっと手に入れた。
昔の、彼の想いが、守ってくれている。これが、自分を守る盾になる。昔はなかった、大きな盾になる。
大丈夫。頑張れる。
少年の、つい先ほどまでぼんやりとしていた目に、強い信念の力が宿った。
この力が、どこまで少年を支えてくれるのか。
今はまだ、知る由もない……。
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