幕間 富士川蜘蛛姫編 1




 その日。夜までに宿場に着けなかったのは、全面的に志之助のせいだった。

 むすっとした表情のまま、征士郎はずんずんと先を急いでいる。志之助は五歩ほど後をとぼとぼとついてきていた。

 藤枝の宿で出会って四日目。そろそろ二人とも、お互いに気心が知れてきた頃合だった。

「せいさん。そんなに怒ることないじゃないさ」

「何を言うか。あそこで遊んでいないでさっさと片付けておけば、今頃は宿でのんびりとしていたはずなのだぞ」

 まったく、誰のせいだ。ぶつぶつと言いながら、征士郎は先を急ぐ。まだまだ宿場の光は見えてこない。

 ずっと山道を歩いたせいで、二人とも軽く息を切らしていた。それもようやく抜け、いまは平坦な道をたどっている。そろそろ宿場が見えても良い頃なのだが。

「あ、見えたよ、せいさん」

 そう言って指差した先に、確かに明かりのついた家がいくつか立ち並んでいた。ようやく目的地に辿り着いたらしい。ほっと征士郎も一息ついて、歩調を和らげる。

「泊まれる宿がなかったら、見張りはしのさんがやるのだぞ」

「ひどいな、せいさん。こんなか弱いいたいけな男の子に向かって、それはないんじゃない?」

「か弱いいたいけな男の子が、降参したあやかしをねちねちいたぶるような真似をするのか?」

「私が悪うございました。……って、でもね、せいさん」

「言い訳は聞かん」

 うー、と志之助が泣き真似をしてみせるが、征士郎は無視して先に進んでいった。今回は全面的に自分が悪いと認めているらしく、志之助は溜息一つで泣き落としをあきらめた。

 東海道といっても、ずっと砂浜が続いているわけではない。海岸にも砂浜があれば崖の部分もあるもので、二人はその崖の上を歩いてきたのである。

 その間にあやかしに出会ってしまったのは、志之助の幸運であり、征士郎の不運だった。志之助の幸運は、後でこのように不運に変わったのだが。

 その宿場は、川の手前のわりには小さなところだった。旅篭の看板を出しているところが、こうして見ただけで三つしかない。まあ、東海道五十三宿に数えられていないのだから当然かもしれないが。

 三件目の宿を断られ、外へ出てきたときだった。

 もう他にありそうにないぞ、と征士郎と志之助が小さな声で言い争いをしていると、闇の中からいきなり現われたような貧相な格好をした男が声をかけてきた。この先にある川で船頭をしているらしく、髪が陽に焼けて縮れている。

「もし、お侍さん。今日の宿をお探しですかい?」

 征士郎は、声の主を振り返り、それから同行者を見やって、頷いた。男が言う。

「何でしたら、我が家をお貸しいたしましょう。それで、物は相談なのですが……」

 征士郎は、軽く眉間にしわを寄せ、嬉しそうな志之助を見やって、肩をすくめた。





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