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 その僧侶は、志之助が陰陽師であると聞くと、すぐさま寺の和尚の元へ二人を案内した。

 武士と陰陽師ならば百人力だ、と意味深な言葉を呟いたのを、二人とも聞きとがめる。

 和尚に二人を紹介して、僧侶は部屋を出ていった。和尚の反応もまた、頼もしそうに、まるで藁にもすがる面持ちで身を乗り出す。

「拙僧、立石寺和尚をいたします空雪と申します。ぜひともお二人にお願いしたい」

 そう切り出して空雪和尚が語ったのは、次のようなことだった。

 この山形から北にもう少し行ったところに、庄内藩がある。その山里には、鬼が出るというのである。

 鬼はたいへん大食らいで、収穫したばかりの米を食い散らかし、大酒を飲み、田畑を荒らす。ときには人まで襲うのだ。鬼に襲われて村が一つ壊滅したという。

 被害がどんどん南へと移動しているため、山形藩の人々は恐れながら生活していた。

「幸い、最上紅花は食用にはなりませんので、食うに困って村全体が餓死するといった自体は避けられましょうが、それにしてもこの山形も米所に違いはありません。鬼に襲われでもしたらと、麓の村人たちは寺に救いを求めてこられますが、何しろ我々には救う力がありません。なにとぞ、御力をお貸しください」

 なにとぞ、と平伏する和尚を起こして、二人は顔を見合わせた。

「熊じゃないのか?」

 米を食う熊という話は聞かないが、山里に出没し人を襲うというと、熊くらいしか考えられない。しかし、和尚は首を振った。

「生き残った人の話では、身の丈十尺はある赤ら顔の大男で、俵を丸呑みにするとか」

「天狗か、だいだらぼっち、か」

 だいだらぼっち?と征士郎が聞き返す。志之助はこっくり頷いた。身の丈十尺はある赤ら顔の大男、といえば、鼻の高い天狗か、だいだらぼっちという日本の巨人くらいのものだ。だが、だいだらぼっちがそんな悪さをするという話はあまり聞かないが。

「とにかく、確かめてみるしかないね」

「方法は?」

「天狗に探してもらうよ。話せばわかるでしょ、知能がある生きものならね」

 うふふっと笑う志之助を見て、征士郎は頼もしいと思うべきか、不安に感じるべきか、悩んでしまった。最近しばらく妖怪とは無縁な旅をしていたので、志之助が羽目を外しそうで不安だったのである。当然、自分や志之助の命の心配をしたわけではない。

「礼は、してもらえるんだろうね? 前払いになるけど。たぶん、ここにはもう戻ってこないから」

 礼金なしじゃ働かないよ、と志之助が言う。

 普段なら成功報酬としてもらっているが、この場にその化物が出るというわけではないので、行ってまた礼金を貰いに戻ってこなければならない。しかも、成功したのかどうかはここにいてはわかりっこないのだ。

 失敗は絶対にしないよ、と二人揃って太鼓判を押す。空雪和尚はしばらく考えていたが、やがて頷いて立ち上がった。別の部屋へ入っていき、麻袋を持って戻ってくる。

「お礼としてだせる精一杯です。どうか、お願いします」

「失敗したら、返しに来ますよ」

 ありえないでしょうけど、そう答えて、笑った。

 二人のはったりとか、そういうことはまったくなく、自他共に認める最強の二人組だ。この二人が関わった怪奇現象で、解決しなかった事件はない。

 任せなさい、と征士郎も胸を叩く。

 すっとおもむろに立ち上がった志之助は、境内に続く障子を開いた。征士郎はそこに座ったまま、志之助の方に身体だけ向ける。

 志之助は、懐から征士郎も見慣れた呪符を取り出した。ただ一文字、天と書かれた呪符。早口に呪文を唱え宙になげうつと、その紙はひとりでに燃え上がり、火の粉から天狗が飛び出した。志之助の式神の中で最強を誇る集団、烏天狗たちだ。

「お前たち、この辺の山に身の丈十尺に赤ら顔の大男がいるそうだから、見つけておいで」

 命じるのはそれだけで十分。烏天狗たちは、紅葉の美しい山々へ散っていった。修験者の格好をした烏天狗たちだ、修験者の山であるこのあたりでは、動きやすいのだろう。いつもの彼らには見られない、速さがある。

「しばらく待ちますか。帰ってくるまでは何もできないし」

「……あ、あなたはいったい?」

 神の使いである烏天狗をまるで式神のように扱う志之助に、度胆を抜かれたらしく、空雪和尚があえぐように問う。志之助はくすりと軽く笑うだけ。代わりに征士郎が答えてやった。

「ただ一介の陰陽師さ」

 半端じゃない力を持つ、ね。口に出さず、征士郎は苦笑にその意味をこめた。




 探しにいった天狗たちを待つ間、志之助と征士郎は最初の目的である仏尊参拝をしていた。奥の院へさらに登っていく。

 さすが修験者修業の地だけあって、ただ参拝のために登るのも一苦労だ。しかし、それだけに登りきったときの快感が何とも言えない。

 和尚を従えて奥の院参拝を済ませると、はかったように天狗たちが帰ってきた。

 一際身体の大きい天狗が一匹、志之助に近づく。声は聞こえないが、何やら報告をしているらしい。

「そう。そんな奴、いなかった」

 大体予想はしていたらしく、志之助の声はがっかりしたようではなかった。暴れる機会を失って欲求不満を訴えるのではないかと身構えた征士郎にとっては、何だかあっけない結末だ。

 が、天狗の報告には続きがあった。

「山賊?」

「……山賊が、なんだと?」

 口をついた単語を聞きとがめて、征士郎は問う。志之助が征士郎を振り返った。

「山賊の隠れ家を見つけたって。どうやら、その仲間に妖怪使いがいるらしい」

「しのさんみたいな奴か、そいつは」

「ひどいな、せいさん。俺は山賊になんかならないよ」

「不良な所なんざ否定できまい? しのさんも、俺に会わなきゃ、今頃山賊の大親分になってたかもしれんぞ」

「……勝手に言ってて。行く? 山賊退治」

「無論」

 実体のない妖怪相手ならばあまり役には立たない征士郎でも、山賊相手となれば話は別。江戸の名門道場で免許皆伝された剣の腕は、志之助と付き合いはじめてさらにあがっている。欠かせない戦力だ。

「山賊の住みかに案内してくれるって。空中散歩になるけど、どうする?」

「行こう」

 頷いて、力強く言う征士郎に、志之助はうれしそうに微笑んだ。天狗たちを見上げ、言う。

「つれてって、その山賊たちの所へ」

 志之助の言葉にしたがって、さらに三匹の天狗が降りてくると、志之助と征士郎をそれぞれ両脇から抱えて飛び上がる。そして、空雪和尚が口をぽっかり開けて呆然と見送る中、北の空へと飛び去っていった。





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