みちのく二人旅 1




 蔵王の山を越えると、一段と空気が冷たくなる。出羽山形。紅花の産地として全国にその名をとどろかせている、桜桃の国だ。かの松尾芭蕉も、数多くの俳句を読んでいる。

 浪人中村征士郎と元修業僧志之助は、その国に足を踏みいれていた。

 季節は秋、奥羽の山々が色鮮やかに染まる季節である。

 夏の終わりに江戸を発った二人は、日光に詣り、白河の関を抜け、仙台を通り、松島に寄って平泉へ行き、戻って蔵王の山に登り、こうして反対側に下りてきたところだった。

 東海道と違い、みちのくの道は意外と美しい風景が多い。日光東照宮は絢爛豪華、仙台の町は理路整然として美しく、松島は松尾芭蕉ですら俳句が口を出なかったという絶景、平泉の金色堂はきらびやかさが目に毒なほどだ。蔵王の山の頂上にある御釜の水は、一日に何色もの色を見せてくれる。特に日の出の頃の色がもっとも美しいと言われていた。

 志之助と征士郎の会話も、今はもっぱら、今朝見てきたその御釜の水の話である。

「あれは松尾芭蕉も見なかったのだろうなあ」

「行程に蔵王が含まれていないものね。あれを見たのなら、もう一つ有名な俳句が残っていることだよ。俺に文才のないのが悔しい」

「何を言うか。しのさんはただの横着だ」

 やれば松尾芭蕉に負けないほどの才能があるはずだ、と征士郎はそう言う。志之助はただただ笑うばかりだった。空は見事な秋晴れで、雲が一つも見当らない。

「で? これからどこへ行くんだ?」

 どうも征士郎は、志之助に行動を任せている感がある。志之助が歩く道を、何の疑いもなくついて回っているらしい。

 これが志之助とうまく付き合う秘訣だったりもするが、征士郎自身はそんな気はまるでなくて、ただ主体性もなく後をついていっていた。たまに、ふと思い出したように、これからの予定を聞くくらいが関の山である。その「たま」が今だったらしい。何の前触れもないので、志之助はくすくすと笑いだした。

「せいさんって、本当、とぼけてるよねえ。よく今まで一人で旅してた。その性格で。感心しちゃう」

「変なことに感心するな。どこへ向かっているのだ?」

「閑さや岩にしみ入蝉の声」

「立石寺か」

 はいな、とまた笑ってみせる志之助に、文句を言う元気もなく、征士郎はただ軽い溜息をついた。




 季節はすでに、夜に虫が鳴く季節である。当然のことながら、立石寺に蝉の声はなかった。

 ここを参拝したら最上川の川下りをして月山に登ろう、と志之助はこれからの予定を話す。延々と続く急な石階段に、征士郎は返す言葉が出ない。

 苔生した岩が階段脇に続いている。麓では立石寺名物玉こんにゃくが売られていた。山から下りてのそのこんにゃくが一味違うのだ、と店の主人が言うので、下りてからの楽しみになっている。

 さすが比叡山育ちの志之助、山寺には慣れているらしい。裾が足に絡みやすい着流し姿で、いかにも楽そうに階段を登っていく。征士郎はついていくのがやっとの状態だった。

 自分の身体と相談して登っておいで、と志之助は言うのだが、どうも負けたくないという意識が働いてしまう。征士郎は極力息が乱れないように制御して、志之助に三歩ほど遅れてついていった。

 やっと、堂が見える位置にまで辿り着く。あと一息を上りきって、征士郎は大きく息を吐いた。後ろを振り返ると、かなり高いところまで登ってきたのがわかる。

「お疲れ様。少し休もうか。あのあたりから麓が見えるよ」

 山門をくぐって、平らに整備された境内を横切っていく。志之助を追っていった征士郎は、立ち止まった志之助の背後からそれを見て、思わずほうと声を上げた。それは、収穫の終わった一面の水田と、ぽつりぽつりと見える家々だった。四、五の村が一望に見渡せてしまう。

「これはまた、すごいな」

「山の上でなくちゃ、見られない景色だよね」

 これまでずっと、すごい景色ばかり見てきた二人だが、こういった素朴な景色にも感動していた。

 人が生きている空気が伝わってくる景色だ。こういう旅をしていると、感受性ばかりが育っていく。

 要所要所で天狗たちも呼び出し、こうした良い景色を見せているおかげか、暴れ者だった天狗たちも回を追うごとに大人しくなっていた。みちのくの旅は良いものだったらしい。

「立石寺ってね、何でも、修験者修業の場だったんだって。奥羽一の山岳信仰のお寺なんだ」

「よくご存じですね」

 突然、背後から声がかかる。振り返ると、竹箒を手にした僧侶が立っていた。

 境内掃除をしていて、こんな所にぼうっと立っている男二人連れを見つけ、不審に思って近づいてきたものらしい。

 確かに、片方はざんばら髪、片方は長い髪を首筋あたりで結っているだけで、しかも旅姿とはとても思えない格好の二人連れは、悪目立ちする。僧侶が不審に思うのも無理はない。

「失礼ですが、どちらからおいでですか?」

 とても地元の人間には見えないのだろう。疑っているわけではないらしいので、二人は江戸から来たと素直に告げた。

「そうですか。失礼しました。てっきり、庄内の鬼がこんな所まで来たのかと」

「庄内の鬼?」

 反芻して返すと、僧侶は頷いた。こんな所ではなんだから、と寺の中へ案内される。顔を見合わせて、志之助と征士郎は僧侶の後についていくことにした。





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