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 中村家では、旅の道連れとして出会って、今では征士郎の良き相棒でもある志之助の存在を、諸手を挙げて歓迎された。奥方に甲斐甲斐しく世話を受け、身内扱いの待遇で数日を過ごし、なんともくすぐったい気分を味わったものだ。

 家を出ていった中村家次男坊が置いていった着流しをもらって、志之助は今まで着ていたぼろぼろの着物を処分することにした。

 征士郎も同じく次男坊の袴を勝手にもらって、裾が破れてぼろぼろの今までの袴を処分してしまう。ここまで着てもらえば着物も本望だろう、という感じで、着物に対する感謝の意は拭いきれなかった。

 十日前、長州藩上屋敷が何者かに襲われ半壊状態になったと、江戸市中が大騒ぎになった。

 庶民の噂では、烏天狗の仕業だという。何でも、どこからか飛んできたたくさんの天狗たちが、一晩暴れまくって、屋敷を壊してしまったということだった。

 長州藩ではその噂を全面的に否定したが、その屋敷の壊れ具合と噂の内容があまりにも一致するため、噂は消えることなく今だに囁かれている。

 どこからか、烏天狗が暴れ回っているとき、妖艶な美女が御供の武者を連れて唯一壊されなかった門の屋根の上でその様子を楽しそうに見ていたという目撃証言まであらわれる始末である。

 あと一月はこの噂が消えることはないだろうという勢いだ。

 旅支度を整えた二人を玄関まで送って、勝太郎は名残惜しげにまた言った。

「本当にいくのか?」

「ああ、兄上。夏のうちに暖かいほうへ戻ってこなければならないからな」

 草履を足に引っ掛けて、征士郎は笑ってそう答える。志之助は深々と頭を下げた。

「何から何まで、本当にお世話になりました」

「いやいや。次男が出て行ってからは、征士郎の世話が生きがいになっているからね。江戸に帰ってきたらまた寄りなさい。帰りを待っているよ」

 深々とまた志之助が頭を下げる。上がり框に置いた刀を腰に差して、征士郎も兄に頭を下げた。

「では兄上。行って参ります」

「ああ。気をつけて。……おお、そうであった」

 後ろを振り返りかけた二人は、勝太郎の声に振り返りなおす。

「志之助殿を紹介されてから、ずっと聞こう聞こうと思っていたのだ。この際教えてもらえないかね? 志之助殿は、今年でいくつになられるのだ?」

 え?と聞き返した志之助に、征士郎も、そういえば、と頷く。どうやら征士郎も知らなかったらしい。

 言ってなかったのか、としみじみ思って、志之助は突然くすくすと笑いだした。

「驚かないでくださいね?」

 兄弟揃って大きく頷く。志之助は笑いをこらえることが出来なかった。この先の二人の反応を想像するのがあまりにもおもしろくて。

「今年で、二十と六になります」

 へ? 二人の顔が同じように驚いた顔になる。それから、二つの叫びが道の反対側まで広がっていった。

「冗談でしょう!?」

「俺より三つも年上か!!」

 驚くなって言ったのに、と拗ねてみせて、志之助はあまり楽しすぎて大声をあげて笑いだした。それを言えば、征士郎だってこの姿でまだ二十三才というのはかなり信じられないものがあるのだが。

「行くよ、せいさん」

「む? ああ、ちょっと待て。置いていくな。では、兄上。行ってまいります」

 飛び出していく弟を追って、勝太郎、その奥方も、門を出て道端まで見送りに出てくる。

 気をつけるんだぞ、と声をかけると、二人は振り返って手を振った。




 三日後、比叡山からやってきた将軍御所望の修業僧が、一度顔を出したまま帰ってこないのに気づいた寛永寺の和尚は、自分が彼に言った数々の言葉を思い返して頭を抱えていた。

 台玄の葬儀やら何やらで忙しくしていて忘れていたとはいえ、まさか本気でこんないい話を断るとは思っていなかったのだが。どうやら彼の考えは甘かったらしい。

 問題の修業僧は、とっくに江戸を離れ、北へ北へと歩いていた。信頼しあっている相棒の剣客と一緒に。

 二人の男が、じゃれあいながら旅を続けていた。

 片方はざんばら髪の、不精髭が妙に似合う剣客。片方は長い髪を背中で一つに結った、歌舞伎なら女形も張れそうな美顔の青年。

 みちのくに続く細い道を、二人は仲良く歩いていた。行く先々で奇妙な事件に巻き込まれながら。

 東海道から離れても、二人の旅にはやはり物の怪話がつきまとう。物語はまだまだ終わりそうにない。



東海道奇譚 了





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