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和尚が目を覚ますのを待って、二人は寺に帰ってきた。
すでに日も傾いて、本堂の中は真っ暗になっている。本堂立入禁止令を出した張本人である志之助は、帰ってきた直後から、ずっと本堂にこもりっぱなしだ。
客間で白湯をいただきながら、征士郎は志之助が戻ってくるのを待っていた。
東勝寺跡で和尚が目を覚ますまでの時間や帰り道の途中で志之助が説明してくれたことを反芻してみる。
高時の話から志之助が察したところによると、北条高時や他のろくろ首になってしまった霊たちは、何者かの法術に叩き起こされたらしい。それまではずっと土の下で宝戒寺に守られながら眠っていたのだ。
叩き起こされた最初の頃は、安眠妨害されたことに怒ってあちこちに八つ当りしていたのだが、二年も経って次第に落ち着いてきていたらしい。そこに志之助が現われたというわけである。
もしかしたら僧正の仕業かもしれない、と志之助は苦々しくそう言った。志之助にその出生について思い知らせるために、高時の霊を無理遣り利用したとも考えられる。
志之助はその想像になぜか自信があるらしい。そうした想像の仕方をできるだけの相手なのだろう。弟子であるという志之助だ。師匠の人となりはよく知っているはずである。
宝戒寺の本堂を立入禁止にした理由とは関係があるのか、と征士郎が尋ねると、志之助は軽く肩をすくめて頷いた。
「あれはね、和尚様があまりにも腑甲斐ないんで、比叡山の高僧を呼び出してなんとかさせようと考えた、宝戒寺初代住職の霊障なんだ。宝戒寺の守護霊として残ってらしてね。それも、どうやら和尚様は気がつかなかったらしいけど。霊障そのものは基本的に悪いものだからね。悪いことをする霊という意味では、悪霊ととれなくもない」
なるほど、志之助より信心深い、という理由がわかる理由だった。
志之助のは信心というよりも宗教に対する好奇心がもたらした、帰依心とはあまり関係のない法力であるらしいから、確かに帰依心の強い守護霊にはかなわないだろう。頷ける話である。
客間に戻ってきた志之助は、襖を開けながら、というかなり行儀の悪い格好で呟いた。
「それにしても、何か大きな事がこの日本で起こっていることは確かだね。それも、もしかしたら倒幕を狙っているかもしれない」
「なんでまた?」
もうすっかり冷めてしまった白湯を座った志之助の前に押しやりながら、征士郎は志之助を見やる。
本堂で念仏を唱えながら、何か征士郎には想像もつかないような複雑なことを考えていたらしい。志之助は征士郎に聞き返されて、やっと自分が声に出して呟いていたことに気づいた。
「いやね。この所、何か陰謀の匂いがするようなことが多いだろう?」
「ああ、江ノ島の一件もかなり陰謀臭かったな。結局術者はわからないままなんだろう?」
「そう。それに、駿府の不死人もそう。箱根の烏天狗も、たぶん何かの陰謀で引き寄せられてたんだと思う。藤枝で出会ったときも、見たでしょう?」
「あぁ、霧の武神。あれで、しのさんに興味を持ったのは確かだが。あれも繋がっているのか」
「たぶんね。何か、ことごとく仕組まれてるみたいな気がするんだよ。しかも、俺が行く先々で邪魔をされている感じだ」
まあ、こう言いたくなるのもわかる気はした。
何しろ、志之助と征士郎がともに旅をするようになってから、何もなかった日の方が少ないのである。世の中、霊的現象はそう多くないだろうし、行脚僧も志之助だけではないのに、こうも都合良く毎日何かが起こるのはどうも理解できない。
普通、道中何かおかしなことに巻き込まれることの方が稀で、すでに西日本をぐるりと旅して回った征士郎も、志之助に出会うまでは何の騒ぎにも巻き込まれず、多少物足りなさを感じながら旅をしていたものだ。
実際何か仕組まれていたとしても、きっと志之助も征士郎も驚かないだろう。それだけ、この旅は何かおかしいのだ。
「まあ、何はともあれ、仕事も終わったことだ。約束通り、二、三日休養をとってもらうぞ」
ポン、と志之助の両肩に手を置いて、征士郎は有無を言わさぬ表情でそう言う。きょとん、と征士郎を見つめてしまった志之助は、やがて困ったような溜息をつき、それから降参を表わして両手をあげた。
「どうせだから、禅寺でしばらく修行していこうか?」
「禅問答は苦手なんだよ、俺は」
ふん、と外方を向いて、やがて征士郎は笑いだす。志之助も楽しそうに笑いだした。
自分の出生に関する秘密を聞かされて混乱していたことを、すっかり忘れてしまっている志之助だった。
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