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 辿り着いた宝戒寺という寺は、天台宗の寺であるという。つまり、比叡山とは同宗派であるということだ。珍しく、仲間内での依頼だったようだった。

 別宗派からの依頼だと思っていた征士郎は、口に出さなくて良かった、とほっと一息ついた。考えていたことがわかったのか、志之助がそんな征士郎を見て笑っている。

 迎えた和尚に案内され、二人は本堂に足を入れた。先に入った征士郎は、足を踏み入れた形のまま立ち止まってしまった志之助を振り返り、首を傾げる。

「どうしたんだ、しのさん」

 志之助は、一度踏み入れた足を戻して、征士郎に手招きをする。怪訝な顔をしながら征士郎が戻ってくるのを確認して、後ろにいる和尚を振り返った。

「別の部屋、ありませんか? それから、しばらく本堂の方は締め切ってください。仏様も隠れてしまわれていますし、この状態では念仏もほぼ無意味でしょうから」

 和尚は志之助の言葉に眉を寄せつつも、頷いて先に立って歩きだした。それを追いかけて、征士郎は志之助の耳元に顔を寄せる。

「念仏が無意味とは、どういうことだ? 意味がないというのなら、如何様にして悪霊退散させるのだ」

「すごい、せいさん。よく悪霊だってわかったね」

 どう聞いても皮肉にしか聞こえないことを答えて、志之助はだが嬉しそうに笑っている。実際、征士郎が悪霊と発言したのは、他に言葉が見つからなかっただけで、悪霊だとわかったわけではないのだが。

 正しくは悪霊じゃないんだけど、と呟いて、志之助は少しだけ顔を後ろに向けるようにする。

「どうやって、っていえば、結局は何もしないで解決するんだろうけどさ。こっちについてはね。とにかく、お経は効かないと思うな。俺より相手さんの方が信心深いんだもん」

 はあ? 前の二人が止まったのにしたがって足を止めて、征士郎は間抜けた声を返した。くすくすと志之助は笑っている。

 当然のことだが、法力が強いということは、それだけ神仏への帰依心が強いということである。つまり、信心深いのだ。その志之助よりも信心深い霊となると、法力とまではいかなくともかなり強い霊であることは容易に推測できた。

 そんな霊が、何もしないで何とかなるものなのだろうか。僧正も、どういうつもりで志之助に任せたのか、いまいちわからない。

 いや、それよりも、比叡山で一、二を争う法力の持ち主である志之助よりも信心深いということは、手に負えないということではないだろうか。

 用意された座布団に腰を下ろすと、頭を丸めた十二、三才ほどの坊主が白湯を持って現われ、客人と和尚の前において立ち去っていく。

 障子が閉められるのを待って、志之助は僧正に持たされていた文を和尚に差しだした。和尚はそれを一読し、志之助を驚いた顔をして見つめた。

「志之助殿は、この文はお読みになられたのですか?」

 和尚と修業僧ではどう考えても修業僧の方が位が低いと思うのだが、和尚は突然言葉を改めてそう問い掛ける。そのことに、征士郎は軽い違和感を覚えた。

 志之助もその違和感は感じたらしく、慎重な仕草で首を振った。その答えに、和尚は文を志之助に差しだして言う。

「お読みなされ。事の顛末はそれからお話しいたしましょう」

 志之助は、その文を見下ろししばらく見つめていたが、やがて意を決して手を延ばした。

 征士郎はどんどん険しい表情になっていく志之助をじっと見守っていた。何が書いてあるのか、征士郎には見当もつかない。だが、志之助がどんな反応を示そうと、黙って受けとめてやる決心だけは箱根の一件からとうについているのだ。後は、志之助次第だった。

 読み終えた文を丁寧にたたみ直して、志之助はそれを征士郎の方へ押しやった。読め、ということらしい。征士郎は和尚の顔をうかがい、文を手にとる。

 そこに書いてあったのは、和尚への事の説明の依頼と、志之助の出生の秘密だった。

 志之助の実の父の名は三浦八十輔。その姓が表わすように、相模国三浦の生まれである。さらに過去にさかのぼると、戦国武将三浦氏の傍流にあたり、さらにさかのぼれば鎌倉幕府執権職北条氏の一族にあたるというのである。

 志之助の父八十輔は、何も語らぬまま還らぬ人となってしまったらしい。おかげで、志之助は今の今まで三浦という姓を知らなかったということなのである。僧正が何故それを知っていたのかは、明かされていない。

「嘘ですよ。僧正様が、俺をけしかけるために虚言を吐いたに決まってます。だいたい、証拠がないですよ。父に聞いたなんて、ありえませんしね」

 征士郎が文を読み終えた頃を見計らって、志之助がそう言った。呟いた、の方がより正確である。

 その声から、志之助の動揺が伝わってきて、征士郎は思わず志之助の肩に手を置いた。いつも余裕綽々の志之助の、本当は弱かった心を見せてもらえた気がして、何となく嬉しかったこともある。それ以上に、他人である自分が彼を支えてやらなければ、という使命感にも似た感情が征士郎の行動を促していた。

「しのさん」

「……大丈夫。ちょっと驚いただけ」

 ひとつ深呼吸をして、志之助はその表情にいつもの余裕げな笑みを見せた。

 今は立ち止まっている場合ではない。しっかりと責務を果たして、それから悩めばいい話である。志之助には、僧正から直々に任された特別任務があって、今それに立ち向かうところなのだ。

「和尚様、お話し願えますか?」

 和尚はひとつ頷くと、大きく息を吐きだして、この地にまつわる昔話から話しはじめた。





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