第五幕 鎌倉ろくろ首編 1




 兵どもが夢のあと。

 日本史上初の武家社会を築き上げた、鎌倉幕府の置かれていたその土地の入り口に立って、二人はそんな言葉を口にしていた。

 鎌倉時代の繁栄を忍ぶものなど、ほとんど残っていない。ただ鶴岡八幡宮の朱塗の鳥居が、海風にさらされながらも威風堂々たる態度で立っているくらいのものである。

 鎌倉攻めの時、時の大将新田義貞が剣を海に投げ入れると潮がひとりでに引いていき、攻め込むことができたという、有名な稲村ヶ崎の岩場の上をひょいひょいと飛び移って、二人は鎌倉へ入っていた。ずっと海岸を歩いていたせいで、切り通しまで回るのが面倒だったのだ。
 江ノ島を発ったのが今朝の日も高く上がった頃である。そう遠くない距離で、一刻も歩かないうちに鎌倉に入っていた。

 鎌倉が山に囲まれた天然の城塞であるということは、かなり有名な話である。

 現在は観光地として栄えているおかげで人の出入りも多く、八幡宮の表参道は昔の面影を残していた。町の雰囲気がある。表参道を少し離れると寂れた農漁村なのだが、このあたりだけは栄えているらしい。

 鎌倉に入ってから、志之助はかなり楽そうな顔をするようになった。神社仏閣が多いということは、そこが聖地として適した土地だということである。そういった地の脈には人一倍敏感な志之助にとって、安らぐ土地柄であったらしい。

「しばらくここで療養していこうか?」

 どこかあてがあるらしく先を歩いていた志之助に、後をついて行っていた征士郎が声をかけた。ん?と志之助が振り返る。いつのまにか、それで良い仲になっていたらしい。

「何? 俺、足手纏いだった?」

「足手纏いは俺の方だろう。そうではない。せっかく鎌倉という聖域にいるのだ。ここで全快するまで待ったほうが、身体には良いのではないか?」

 真剣に志之助の身体を慮っているのがわかって、志之助はいつもの様には軽口を叩けなかった。かわりに、くすっと笑う。

「大丈夫だよ、せいさん。もうなんともないから」

「嘘をつけ。江ノ島で無理したせいで、かなり身体にがたが来ているのだろう。道中不安で仕方なかったぞ。このあたりは空気が良いらしいが、山を越えたらまたぶり返すだろうに」

「大丈夫だったら。せいさんったら、心配性なんだから」

 くすくすっと笑いながら、志之助はずんずんと先に歩いていく。道はしっかり整備されていた。観光地として整備されているという噂は本当だったらしい。正面に鶴岡八幡宮が見えている。

 一番本堂に近い鳥居である三の鳥居が見えてきたあたりで、突然志之助は土産物屋に挟まれた小道に入っていった。何か目的があったらしい。

「また山の命令か。少しは休め、しのさん」

「んー、まあ、そういう場合でもないし。事を片付けたら、二、三日休ませてもらうよ。それでいいでしょう?」

 付き合ってね、というように志之助は軽く首を傾げて、征士郎を見つめた。当然そのつもりで、征士郎はあっさりと頷く。

「それで、何があるのだ?」

「ろくろ首」

 妖怪か、と納得して、征士郎は両手を腰に当て、溜息をついた。聞き返してこなかったことに何か気になったのか、志之助が振り返って立ち止まる。

「質問、ないの?」

「ろくろ首とは、あれのことだろう? 首が妙に長くて、逃げると顔だけで追いかけてくるという話だ」

「たぶんね」

 たぶん? 今回は征士郎も首を傾げる。一般的にろくろ首といえばそれのはずだ。何故たぶん、なのだろう。

「ただろくろ首なだけなら、何も俺を指名してくることはないんだよ。それが、山を下りるときに、鎌倉によってろくろ首を始末してくるように、って僧正様から直々のお達しを受けた。ってことは、事はそう単純じゃないってことだろう?」

 言われて、志之助の顔を覗き込んで、やっと征士郎は志之助がずっといつもの微笑みを浮かべていなかったことに気がつく。

 今までは顔色が多少悪くても目は笑っていたものなのに、今は口元は笑っているし顔色もいいのだが、目がきりっと引き締まっている。それだけの覚悟を必要とする事態だということだ。

「しのさんは、僧正様に指名を受けるだけの実力者なのだな。そういや、愛弟子だと聞いた覚えがある」

「山ではね、法力がある人が必ずしも実力者扱いされるというわけでもないんだよ。俺はまだ修業中の身だし、山の中でもかなり異端者の方だし。ただ、僧正様は山の中では一、二の法力の持ち主とは認めてくださってるらしいってだけ。まあ、それだけの素養があったからこそ花街から拾ってくれたのだろうし、だからこそ愛弟子なんて立場にもなってる。どっちかというと、厄介ごとは全部俺任せなんだよね。あの人、俺を利用して僧正まで上り詰めたような人だから」

 こっちだよ、と言って複雑な小道を志之助はずんずん突き進んでいく。

 愛弟子であると自ら認めているわりに、その口調になぜか僧正に対する敬意が感じられない。僧正をあの人呼ばわりしている時点で何かおかしいのだ。

「詳しい話は現地で聞くようにって、僧正様から文をいただいてきてるんだ。宝戒寺の和尚様への紹介状」

 ということは、また別宗派からの依頼か。

 征士郎は軽く肩をすくめて、志之助の後についていった。比叡山というと、戦国時代にあの織田信長と戦ったという屈強なイメージしかなかったのだが、どうやらかなりお人好しなところだったらしい。





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