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 江ノ島の、その名も江ノ島神社に宿をとった二人は、陸続きになった海岸を歩いていた。江ノ島と本土を結ぶ、潮の満ち引きで現われたり隠れたりする、その橋である。

 昨晩、見事にあれだけ多くの烏天狗を操ってみせた志之助は、その疲れがどっと出たのか、神社の建物の中に忍び込んで夜露をしのげると確認すると、まわりも気にせずに眠り込んでしまった。

 もともと本調子ではないところに、全ての烏天狗を操るとなれば、さすがに平静ではいられなかったらしい。式神を操るには、自分がそれらより強いことを常にアピールしてやって、その心を支配してしまうより他にない。それは、かなりの法力を消耗するのだという。

 結局、想像したところによると、あの白蛇は江ノ島の弁天が対攻撃用に表した戦闘のための姿だったのだろう。美女が蛇にたとえられるのは太古からよくある話だが、案外このあたりから来ているのかもしれない。江ノ島を守るように現われた白蛇は、それに頷かされるだけの美しさをしていたのだ。

 というような推理を志之助に話して聞かせ、どうだ、と征士郎はその顔色をうかがった。志之助は、本気で感心したようで、うんうん、と何度も頷いている。

「見事名推理。と言いたいところだけど、はずれだなあ。惜しい」

「どこがだ?」

 今回は二人並んで歩きながら、征士郎は志之助の顔を覗き込んだ。志之助は言葉とは裏腹ににこにこと笑っている。

「白蛇と弁天様は別物だよ。白蛇も弁天様もこの江ノ島を守っているのにはかわりないけど」

「だがな、しのさん。どう見てもあれは、白蛇と弁天が同じものだと思うしかなかったぞ」

「その辺が、人間の視覚の限界なんだよ。白蛇を不可思議なものと認識していたろう、せいさん。だから、変身くらいしてもおかしくない、って。その上で、白蛇がさっきまでいたところに弁天がいたら、同一のものと認識してしまう。その辺が、視覚の限界。第六感使って、相手の力とか探ってやれば、全然別物だって簡単にわかるけど、せいさんはそんな第六感発達してないしね。だから、感心しちゃった。視覚だけで、そのすれすれまでしっかり推理しちゃうんだもの」

 おみそれしました、とふざけたように志之助は頭を下げる。征士郎は、ふん、といじけたように鼻を鳴らし、それから江ノ島を振り返った。

 昨夜の事件が嘘のような静かさだ。弁天の加護のおかげなのだろう。

 それにしても、江ノ島を襲ったあの『仁王もどき』は一体何だったのだろう。征士郎には理解できない。

 そもそも呪術というものは、他人の手によって崩されてしまうと術者のもとへしっぺ返しとして返ってくるものである。術者もそれなりの覚悟をした上で術をかけるはずで、それなりの覚悟のいるような複雑な理由があるはずなのだ。

 しかし、である。江ノ島の何にこの術者は術をかけようとしていたのか、さっぱり理解できなかった。江ノ島そのものを襲ってきたように見えたのである。江ノ島というのは、そんなに重要な拠点なのだろうか。

 拠点ねえ、と志之助は呟いた。

「江ノ島が何かの拠点になってるって言うと、一つあるけど……」

 そう言って言葉を濁す志之助も、この術者が何を狙っていたのか考えあぐねていたらしい。腕を組んで、首を傾げた。

「なんだい、しのさん。もったいぶらずに教えろよ」

「いや、もったいぶってるわけじゃないんだよ、せいさん。あまりにも規模の大きな話だから、信じきれないんだ」

 規模?と征士郎は首を傾げた。

 ようやく、二人は反対岸に辿り着く。渡し舟が向こうの方をゆっくりと漕いでいくが、せっかく橋が浮いてきたのだから橋の方を渡ろう、ということだ。舟賃も馬鹿にならないのである。

「ああ、規模の大きな話。江戸の大結界って、知ってる、せいさん?」

「うむ。徳川将軍家安泰のために、外敵から江戸を守る大結界を張ったという、その話だな。しかし、本当なのか?」

「まあ、本当は本当。その大結界のね、支点の一つが、この江ノ島なんだよ。反対に言うと、江ノ島なんてそのくらいしか襲われる原因がない。何しろ美人が守っている島だからね。普通は誰も手を出そうなんてしないものだよ。人間、美人には弱いんだから」

 くすっと笑って、志之助は伸びをする。しばらく身体の節々が痛むとかでしていなかったせいか、いつも以上に伸びた気がして志之助は何やらすっきりした顔をしていた。

 人間、美人には弱い。なるほど、と征士郎は本来の意味とは違う意味で頷いていた。

 確かに、人間は美人には本能的に弱いらしい。だから、志之助の尻にしかれていても辛くないのだろう。そう思ったらしかった。

 ただの旅の道連れにしてはずいぶんと間違っているが、しかし志之助が美人だから頭が上がらない説は、かなり有力なようだった。





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