第四幕 江ノ島弁天編 1




 馬入川を越えたあたりから、二人は海岸線を歩いていた。

 東海道はもう少し内陸になる。せっかくの東海道だから、海を見ながら行こう、とは志之助の提案だった。距離的にはたいして変わらない。

 その日は雨が降っていた。しとしとと降る雨は、肌は濡らしてもびしょ濡れにするほどではない。

 合羽もつけず、二人は湿った砂の上を歩いている。はるか向こうに江ノ島が霞んで見えた。

 しばらく歩いていて、征士郎が突然話し掛ける。

「で、何が起こるんだい、今日は」

「せいさん。もしかして俺のこと誤解してない?」

 ひどいなあ、と志之助は溜息をつく。何もないらしいと知って、征士郎は非常に意外そうな顔を見せた。

 征士郎がそんな顔をするのも、無理のない話ではある。

 はじめて出会ってからこちら、何もない日の方が珍しいのだ。志之助が事件を呼び寄せているのか、事件のある所を好んで志之助が行くのかは定かではない。だが、事実はそうだった。

 これまでの事件の数々を列挙してみせ、征士郎はいかに今まで事件が続いていたかを訴えかける。志之助は、その事件の数々の一部は自分から向かっていったものであることで、苦笑して聞いているしかない。

 時化て波も高く、潮が二人に吹き付ける。雨なのか潮なのかはっきりしない天気の中、二人はひたすら東へ歩いていた。

 暗い天気のせいか、二人の口数はいつにも増して少ない。

 すれ違う者もなく、たまに横を通り過ぎる荒ら家にも人はいない。この天気では釣り舟も浜にあげられていて、淋しい風情を醸し出している。

 征士郎は、ざらりと不精髭を撫でた。

「嫌な予感がするんだがなあ、しのさん」

「実は俺も。東海道に戻ろうか?」

「良いのか? 解決していかないで」

「だから、別にそんな義務ないんだって。たまたまそこにいるのが俺なだけで、横道それてまで首つっこむことないんだから」

 どう考えても修業僧らしからぬ言葉なのだが、征士郎はそうか、と単純に納得して北上の道を取る。志之助もその後についていった。

 と。今までなんともなかった空から、一本の稲光が江ノ島に向かって落ちていった。近いはずなのだが、音もない。まるで、二人を呼び寄せているような落雷だった。

「これか?」

「そうみたい。行ってみる? すごいものが拝めそうだけど」

 すごいもの? 征士郎は首を傾げた。志之助はにっこりと微笑んで頷いた。

「弁天様」

「だが、嫌な予感、だろう?」

「何かありそうだね」

 うーむ。腕を組み、考え込む。それから、志之助をうかがうように見やった。

「身体は、大丈夫なのか? まだ本調子じゃないだろう?」

「よく見てるね。良い相棒持って助かる」

 行こう、と志之助は笑った。まだ調子がいいとは言えないようだが、どうやら好奇心が勝ったらしい。征士郎は肩をすくめ、海岸の道へ戻っていった。





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