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「比叡山からの指令とはいえ、そんな自分の身も危ういようなことを、何故しなければならないんだ? 自分の身を挺してまで他人を助ける義理はあるまいに」
「そんなこと言ってたら、お坊さんになんてなれないって。それに、義理とか何とかよりも、困ってる人を助けるのが僧侶の仕事だからね」
「しのさんらしからぬ答えだな。他人がどうなろうと知ったことではないのだと思っていたぞ」
「あれ、そう見える? 本音、ばれてるんだなあ」
茶化して返して、くすくすと志之助は笑ってみせる。
「義理だよ。比叡山は明日の生活にも困ってた俺を助けてくれた。だから、義理を返してるのさ。それだけだよ。危ない橋は極力渡らないようにしてる。比叡山を出ていくには、それくらいの義理は果たしておかないとね」
「……比叡山を出る?」
「いつも言ってるじゃないの。別宗派極めちゃってるって。いつまでも比叡山にはいられないでしょう? こっちも退屈だし。僧正様の愛弟子って身分なもので、かなり縁が深くてね。貸しになるくらい返しておかないと、快くは出してもらえないんだよ。今こうして旅してるのも、さっさと行け、って結構お偉方には睨まれてるんだから」
で、協力してくれる?と志之助は首を傾げた。詳しく教えてくれること自体珍しい志之助に、征士郎はふうむと唸って考え込む。
こうして自分の意志を詳しく語っていること自体、はじめてである。
それは、自分のことをきちんと知って、理解して、それでもって関わっていてほしいという意志の表れのようだった。
しかし、それも征士郎の思い過しかも知れず、軽く茶化して本心を探ってみようかと思い立つ。志之助に関することでは、征士郎もかなり慎重になっているらしい。志之助のいる世界がかなり特殊なせいも多分にあるのだろう。
「なぜ今回に限ってそうも詳しく教えてくれるのだ? いつものように勝手に利用すれば良かろうに」
「勝手に、俺の身体を斬ってくれ、って言って、斬ってくれた?」
まさか、と答えて、征士郎は憮然とする。つまり、志之助の判断基準はそれだけなのだろうか。やはり考えすぎだったか?
「なんて。そろそろせいさんをまともに信用してもいいかなと思っただけさ。せいさんがいなければ、風魔の誰か、剣の腕のたつものにいきなり頼んでたところだよ。せいさんだから、禁呪のこともしゃべれるのさ」
そのわりにはあっさり頷いたものだ、と皮肉ってやって、征士郎はまた考え込む。
そもそも、禁呪を使うということは、止むを得ない場合は禁呪を使っても良い、という座主の許可がなくてならない。その許可も、おそらく使いの者が持ってきたのだろう。
それを受け入れるのに、二日で済んだというべきか、二日かかったというべきか。あっさりというわけには、いくわけがない。外から見る分には、かなりあっさりしていたが。
志之助の心積もりを何となく察して、征士郎は頷くより他になかった。
「よし、わかった。思いっきり斬って良いんだな。日頃の恨み辛みをこめて、遠慮なくやらせてもらおう。だがしのさん。せめてどういうからくりなのか教えておいてもらえぬか? 手加減なしに斬りました、結局死にました、では寝覚めが悪くてかなわん」
せいさんらしい、と苦笑しながら、志之助は頷く。真夜中で誰も聞いていないだろうが、かなり声を潜めて。
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