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 寺に帰った二人は、縁側に並んで座り、境内で遊ぶ子供たちを見ていた。

 開き直って征士郎に古武術どころか法力まで使うところを見せてしまった志之助は、たまに大きく溜息をつく。

 茶碗に汲んだ白湯を口に含み、緊張で乾いた口内を潤して、征士郎はふいに志之助を見つめた。

「そなた、何者なのだ?」

 それは、今更といえば今更な質問だった。難度の高い体術と呪術を用いる力を併せ持った人間、という事実は、今朝の事柄で十分に目に焼きついている。

 だが、昨夜戯れに約束した旅の供であるのならば、志之助が会得している不可思議な力の正体を知りたいと思うことは、当然の権利であろう、というわけだ。

 そうして、志之助に問いただす理由付けをするために、今までじっと黙って考え込んでいたものだったらしい。

 それだけ志之助との関係を続けたいと思ってくれることに、志之助は感謝するべきだった。だからこそ、返せる回答はするべきだ。

「比叡山の法力僧なんです」

「法力僧?」

 一般の庶民には耳慣れない言葉だ。問い返されて、志之助はこくりと頷いた。

「密教寺院本山では、素養のある者に密教に伝わる種々の呪術を学ばせて、寺院内にて囲っているんです。ことによっては呪詛によって人間を殺すことも可能な術ですから、一般には知られていません。そういった力を持つ僧侶を、法力僧と呼んでいます」

「それが、そなたであると?」

「まだ袈裟もお許しいただけない修行僧ですが」

 まぜっかえして答えるが、それは肯定の意味なのだろう。理解できないことはそういうものなのだと思うことにしているようで、征士郎はなるほどと呟きつつ頷いた。それが、今朝志之助が見せた術の正体だと、判断したらしい。

 が、志之助はそんな征士郎のわかりやすい行動に、くすりと笑った。

「ちなみに、今朝のは陰陽道ですよ。府内陰陽寮の土御門陰陽術。それと、体術は、どこだったかの田舎に伝わっている古武術です。伊賀忍術の原点だと聞いています。必要とあれば、高野山の真言術も使えますよ」

「何?」

 法力僧、などという初めて聞いた存在に手一杯になっていた征士郎だ。あっさりと明かされたそれ以上の技術知識は、征士郎を混乱させるのに足るものだった。

 普通の人なら混乱するだろう、という認識はあったらしく、志之助はくすくすと楽しそうに笑った。

 しばらく混乱した状態にいた征士郎が、また黙り込んでしまうのに、志之助もそれ以上の追い討ちはせず、傍らに置いた茶碗を手に取った。

 目の前では、子供たちが影踏み鬼をして遊んでいる。実に楽しそうで、子供特有の高い歓声が次々に空へと吸い込まれていく。上は十歳くらいから、下は三歳程度だろうか、年齢の幅も広い。近所で共に育つ友人なのだろう。

 鬼が二度ほど交代した頃になって、ようやく征士郎が口を開く。

「それは、法力僧ならば当然のことなのか?」

「いいえ。俺だけですよ、宗派も何も関係なく取り込んでしまうのは。まぁ、俺にはそうすることが必要だったということです」

 一般的なことではないから、見返りにその美貌と華奢な身体を差し出すことも多かった。それを、志之助はまったく隠そうともせずについでのように言って、征士郎を見返し、笑ってみせる。

「お望みでしたら、閨のお供もいたしますよ? せっかく布団を並べた仲ですしね」

「いや、そんなことは望まないが。そこまでしてもらっても、返せるものも持ち合わせていない。だが、しかし、なるほどな。役に立つ、とはそういうことだったか」

「えぇ、そういうことです」

 法力も強く、様々に術の知識を持ち、体術を会得している分足手まといにもならず、夜の供もできるとあれば、旅の道連れとしてこれほど便利な相手もないだろう。

 納得して、征士郎は肩をすくめた。

「しのさん、と言われていたかな?」

 今度は、志之助が驚く番だった。そもそも、旅の恥は掻き捨て、のつもりで赤裸々に語った内容だった。それを、征士郎は咀嚼し飲み込んで、すべて受け止めてしまったのだ。その上で、呼び名を確かめるということは、旅の道連れを許諾したという意味のはず。

 しばらくは、じっとその真意を確かめるように征士郎を見つめていた志之助だったが、それから、ふっと表情を和らげて、さらに笑みを乗せた。

「明日の朝にでも出発しましょう。ね、せいさん」

「せいさん? ……か。なるほど、いいな、その呼び名は」

 ははっと笑って、征士郎は志之助の背を叩いた。

 たまには二人で旅をするというのも良いかもしれない。お互いに、そう思えた。

 相手がどんな過去を持っていようとも、その人物そのものを尊重する征士郎と、複雑な過去を持ちつつも多種の能力に長けて話術もそれなりな志之助。相棒とするのに値する男だった。

「ちなみに、しのさん。江戸へ行く目的は?」

「お江戸のお殿様に直接お仕えするようにと命じられまして」

「江戸の殿というと、まさか、上様か?」

「ご本人直々のご指名だそうです。まぁ、断るつもりなのですが、何はともあれ行かなければならないので、こうしてイヤイヤ旅を続けているところですよ」

 本人からの指名を受けたということは何らかの理由があるはずだ。志之助自身は実に迷惑そうにしているが、普通の人間から見たら、とんでもなく羨ましい話である。

 まったく、志之助というこの男は、どこまで驚かせれば気が済むのか。

 今度こそ素直に憮然とした表情を隠しもせず、白湯を啜っている姿を横に見て、征士郎は困ったようにため息をつき、空を見上げた。

 初夏の日差しは燦々と境内に降り注ぎ、抜けるような青い空はどこまでも高い。

 こんなうららかな陽気が、これからの二人の旅路を暗示していてくれれば良いと、ひっそり希う征士郎だった。





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