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 そこに集まった法力僧たちは、呼び出したのが法力僧出身の次期天台座主との呼び声高い悌念であるから素直に集まってきたわけだが、全員が一様に、その生き物を唖然とした表情で見守った。

 それは、伝承上の生き物、蛟の姿であった。

 その頭には、人を三人乗せていた。

 一人は、彼らを呼び寄せた張本人、悌念である。その傍らにいるのは、まだ修行中の身でありながら将来有望な若者、珍香。

 最後の一人は、新参者には見覚えのない顔で、古参の僧侶たちにとってはあまり会いたくない相手だった。

「祥春……?」

 ぼそり、と声を上げたのは、彼らの中でも筆頭に数えられる有力者の男だった。志之助より一回り年上だが、志之助を幼い頃から何かにつけイジメてきた男だから、今更にバツが悪い。呼びかけたまま、立ち尽くした。

 その男を、志之助はちらりと見やっただけで、平然と無視をした。蛟を振り返って何事か合図を送り、一緒にいた烏天狗を呼び寄せる。

 その操っている式神らしい生き物たちの姿に、志之助の力を垣間見たのだろう。彼らが戻ってくるまでは不平ばかりの無駄話をしていた僧侶たちは、誰一人として声を発しない。

 やがて、自分の作業を終えたらしく、志之助はこちらに向き直った。

「これで全員ですか?」

 つまり、彼らを集めたのは悌念ではなくこの志之助であったと言うことが、その一言からわかったわけだが。

 うむ、と悌念は頷いて反してきた。途端に、志之助は困ったような表情をみせる。

「そうですか。困ったな。ちょっと頭数が足りないかも」

 ちなみに、ここに集まった法力僧の数は、百を下らない。喪中ということもあり、全員が黒の衣装だから、視界が黒で埋め尽くされている。それでも、志之助は足りないと言うのか。

「一体、何をする気だ?」

「だから、守護結界を張りなおします、って言いましたでしょ? しょうがない。ご本尊の御力をお借りしますか」

 せっかく本堂前なんだから、と呟いて、志之助は師の祭壇が設置されている本堂を見やった。祭壇があることが、ちょうど良いといえば確かにちょうど良い。おかげで、この場の空気は普段よりもよほど清浄に保たれている。

「天狗たち。本堂の表の扉、全部開けてきて。ご本尊に非礼のないようにね。悌念様、皆さんで大日如来を観じてください。そちらの準備が出来次第、はじめます」

 志之助が命じた途端、どこからともなくたくさんの烏天狗が飛来し、本堂の扉を開いていく。悌念も、まだ訝しむべきところは多々あるものの、まずは守護結界を直すことが先決で、仲間の僧侶たちの方へ向かった。

 自分で割った陶板呪符の残骸を抱えて困っていた珍香が、結局悌念を追って行ったのを見送って、志之助は深いため息をついた。さてと、と気合を入れなおす。

「こうなると、せいさんがここにいないのは痛いなぁ」

『おや、それはまた、どうしてです?』

 吐き出したぼやき言葉に、志之助の背後から突っ込みを入れる声が聞こえた。驚いて振り返れば、そこに、端整な顔立ちをした頭の先からつま先まで青色の青年が、涼しい顔をして立っていた。

「あぁ、蒼龍。仕事は終わったの?」

『えぇ。お待たせいたしました。それで、どうしてあの男が必要なのです?』

 そう尋ねるということは、蒼龍はつまり、志之助にとっての征士郎を、志之助の意外と弱い精神を支える旦那の立場としてしか捉えていなかったらしい。尋ねられて、志之助は軽く肩をすくめる。

「せいさんの力と俺の力って、相性がいいんだよ。そばにいるだけでも、俺の力の増幅剤になるし、身体に触れていてくれれば、力がどっしり落ち着くんだ。蒼龍、知らなかった?」

『それは気付きませんでした。そうですか。では、連れてきましょうか?』

「うぅん。いいよ。大丈夫。このくらい、一人で何とかしなくちゃね。あの人に頼りっきりになるのも申し訳ないし」

 少し驚いたような蒼龍の返事に苦笑を返し、志之助は首を振る。しかし、蒼龍はその志之助の返事のどこが気になったのか、気遣うような表情で志之助の顔を覗き込んだ。

『旦那に頼ることは、実に自然な行動に思いますが』

「そう? 大丈夫だよ、蒼龍。俺には蒼龍たちみたいに頼りになる式がついてるから。でしょ?」

『えぇ。それはもちろん。それで、いかがいたしましょう?』

 それで納得したわけではないのだろう。だが、蒼龍はそれ以上突っ込んで尋ねることはせず、話を今やるべきことに切り替えた。それは、蒼龍にとって志之助は自らの主であり、その人に意見する権利は蒼龍にはないせいに他ならない。蛟のように、志之助だけでなく征士郎の頼みも聞いてしまうのは、越権行為であると頑なに考えているのだ。意外と頑固な男である。

 問いかけた蒼龍に、志之助は少し考え込む仕草を見せた。

「守護結界を張らなくちゃいけないんだけどね」

 そう前置きして、志之助はこれからしなければならない作業を順を追って説明する。それは、蒼龍に説明するのと同時に、自分の考えを整理するためでもあった。

 守護結界を張りなおす、と一口に言っても、そこに至るための作業は一つではない。まず、今弱弱しくも結界の仕事を果たしている現在の結界を完全に解く必要がある。しかし、これを解いてしまった途端、抑えられた霊力が暴発する可能性は十分にあるため、それを抑える方策を先に立てておかなければならない。それも、新しい結界を邪魔しないような、補助的な役目を担うものだ。

 さて、そこで問題となるのは、志之助は一人しかいないということなのである。手順は、まず補助となる結界を作り、その上で現在残っている守護結界を解き、新たに守護結界を作る。が、結界というものは、その性質上、力をしばらく与え続けて支えてやる必要があるのだ。作りたての結界の力が落ち着くまで。そのため、これらすべての作業を志之助が一人で行うのは無理なのである。

「蒼龍、補助結界を張るから、維持を代わってもらえる? その間に、今の結界を解いちゃうよ」

『新たな守護結界はどうなさいます?』

「この山の人たちに支えてもらう。俺は、遅くても明日中に帰りたい」

 最後の一言はかなり個人的な希望なのだが、蒼龍はそれを聞いて、わかりました、と頷いた。そもそも、その判断は間違っていないと蒼龍も思うし、もし、新しい結界も志之助が引き受けると言い出していたら、越権だろうがなんだろうが止めに入るつもりだったのだ。

 蒼龍の了解を得て、志之助は作業の準備に入る。いくら志之助でも、山一つを覆う結界を二つも作らなければならないのだから、それなりの準備は必要だった。本来ならば、禊をして精進潔斎して、臨むべきところなのだから、それでもだいぶ省略している。





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