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Three Masaru & Fumiya


 二人はその時、ボストン郊外のテナントビルにいた。

 今年九月から、ビルの一フロアを借りている。まだまだできたばかりの研究所である。

 まだ学生のうちから、一声かければスポンサーはすぐにつく、と言われていたが、まさにその通りだった。
 金銭面の問題はまったく起こっていない。
 どころか、スポンサーとして名乗りを上げたのが、想定以上の件数であったため、予算を軽く上回る資金を集めることも可能な状況だった。

 研究所は、その名もロボット開発研究所、という。

 所長は、その道では無名といっても良い、実際専門家でもない日本人が務めていた。
 所長とは名ばかりの、事務方専門職兼務である。
 研究所に用がある場合に、電話をかければまず最初に出るのもその所長で、交渉ごとはすべて所長を通すしかないため、一応関係者には名前を知られている。
 Masaru Saitoというのが、彼の名だ。

 まだ英語も流暢とは言いがたい日本人男性だが、反対に英語がまだ得意でないため、彼に話を通そうと思えば噛み砕いてわかりやすく説明するしかなく、それが妙な功績を生んでいた。
 専門家同士の会話では発生しがちな、省略した説明による誤解の解消に一役買っているわけである。

 所長は窓口であるが、実際に開発研究を行う実務方の代表者は、それこそその世界では権威と言って間違いない、それも日本人である。
 名はFumiya Sato。
 Satoの名を知らずにロボット世界で名を挙げるのは不可能といわれるほどの、業界の重要人物である。

 研究所の職員は、事務、造形課、人工知能課、開発課のメンバー合わせて、十三名である。
 そのうち、半数は教育機関や企業の職員と兼務している。
 立ち上がったばかりの研究所は、まだ本格的な企画開発事業に着手できておらず、年が明けてから、本格的に企画が立ち上がっていくような予定になっているからだ。

 さて、その時研究所にいた二人であるが。

 残念ながら、仕事をしているわけではない。

 というのも、今日から年が明けるまでの十二日間は、クリスマス休暇なのである。
 研究所も、もちろん休みだ。

 では、なぜ二人はここにいるのか、というと。
 日本人の習慣が抜けないせいだった。事務所の大掃除にやってきたのだ。
 一人は、洗剤スプレーと雑巾を、一人は掃除機をそれぞれ持っていた。

「ほとんど使ってないから、軽くで良いよな?」

 アメリカに生活の基盤を移してすでに二年が経過している。
 さすがに毎日英語三昧で過ごしていれば、けして得意ではなくても日常会話くらいは普通にできるようになる。
 優も文也も、普段は二人きりにでもならない限り、日本語はあまり使わないのだ。
 いや、二人きりで自宅にいるときですら、最近では英語が混ざってくる。

 今日はしかし、あえて日本語で会話をすることにしていた。
 というのも、明日からクリスマス休暇いっぱいを日本で過ごす予定にしているためだ。
 向こうでとっさに英語で話したりなどしたら、合流する予定の友人たちに驚かれてしまう。

「良いんじゃないかな? 窓は良いよ。作業机だけ、拭いてやって」

「OK」

「優。英語はなし、って言ったでしょ?」

「OK、くらい、すでに日本語」

「……まぁ、良いけどね」

 発音が英語なんだよ、といっても、聞き手の思い込みといわれればそれまでで、反論するのも面倒で、簡単に引き下がる。
 優は、文也が引き下がった理由がわかったのかどうなのか、くっくっと面白そうに笑った。

 優が黙々と机を拭く間に、消音設計になっているわりには騒音を発生させる掃除機を駆使して、文也が床を掃除し始める。

「そういえば、優は良かったの? 正月に実家にいなくて」

「去年だって一昨年だって、正月に帰ってないだろ? 良いさ。そもそも日本に帰ることすら家には連絡してないんだし」

「親不孝だよ?」

「今更孝行するようなキャラでもないぞ、俺は」

「いち法人の代表者が何を言うか」

「便宜上だ、って。俺が一番暇なんだから」

「え、本気でそう思ってる?」

「思ってるよ。俺が一番学が無いんだぞ? 当たり前だろう」

「一番学が無いのはトミーだよ。中卒だし。それに、本当に便宜上なら、俺が所長でも良いわけじゃん。優に事務方に専念してもらって。優を代表者に推したのはカインだからね。口では何て言おうとも、絶対あれは、優の人望に期待してるんだよ。俺も、優が適任だと思ってる。気が回るし親切だし意思がはっきりしてるし。これで社交性があれば完璧」

「誉めすぎだろ」

「そんなことない。トミーもミッキーもマクレイア先生も認めてるんだから。もっと自信持って胸張って。俺たちの代表者なんだよ。みんな頼りにしてるんだから」

「……そうか?」

「そうだよ」

 自分のことのように胸を張って、優の背をバシンと叩く。痛そうに眉間に皺を寄せながら、優はそれでも困ったように笑った。

「それで? 今日の予定は?」

「もちろん、クリスマスパーティだよ〜。アリアさんがご馳走作ってくれてるって」

「ってことは、俺はマーサの子守だな」

「え〜? なんでぇ?」

「だって、文也はカインと小難しい話で盛り上がるだろう? 俺は料理できないから、アリアの手伝いもできないしさ」

 ちなみに、マーサというのはカインとその妻アリアの間に生まれた可愛い女の子だ。
 まだ六ヵ月の赤ん坊だが、褐色の肌と漆黒の髪は明らかに母親似だった。
 その代わり、目鼻立ちはカインの血も引いていて整っているので、きっと将来は美人になるだろう。

「明日は、飛行機揺れないと良いな」

「最近はこっちも日本も大荒れだもんね」

 実は、日本に帰るのは二年ぶりの二人だ。
 イブの飛行機はチケットが取れなくて帰れなかったので、仕方なく事務所の大掃除などしているが、友人たちとも久しぶりに会う予定で、本当ならもっと早くに帰りたいくらいだった。
 その、帰りの飛行機の話である。
 日本よりも北に位置するボストンで底冷えする寒さと交通網がマヒするほどの大雪は毎年のことだが、今期は日本でも12月としては観測史上最高の積雪を記録したなどというニュースが舞い込んで来るほど、寒気が強いらしい。

 寒いのは苦手なんだよなぁ、とぼやくのは、もっと寒いところに住んでいる自覚の無い、優だった。

 寒いよね、と相槌を打ちながら窓の外を眺めた文也は、途端に目を輝かせた。

「ホワイトクリスマスだよ」

 促されて窓に目をやれば、ちらちらと穏やかに舞い散る雪が見えた。

「……去年もホワイトクリスマスだっただろ」

「ま、ボストンだしね」

 冷静な突っ込みに、思わず笑ってしまう文也だった。





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