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Two Masashi & Taro
山梨県は、山間の盆地にあるせいか、太平洋から来る風も日本海から来る風も高い山を越えて吹き込んでくるせいで、山を通り過ぎる間に雪は降りつくしてしまうらしく、積雪何メートルの世界にはお目にかからない。
代わりに、標高が高いおかげで下手に雪が降らない分、底冷えする寒さだ。
とはいえ、山沿いではさすがに雪も道端に残る程度には降り積もっていた。
私立藤堂学園高等学校は、そんな山梨県の山の中腹あたりに位置する全寮制の男子校である。
ちなみに、正史も太郎も、この高校の出身だった。
クリスマスイブのこの日。学校では二学期の終業式が行われる。
午前中に講堂に集められての終業式に参加し、その後成績表を個々に手渡して解散となるのだが、その足で実家へ帰る生徒が大多数を占めた。
何しろクリスマスである。
地元の友だちと遊ぶなら、絶好のチャンスだし、そうでなくともなんとなく心躍る日であることには違いない。
生徒たちを送り出し、正史は少し疲れたように溜息をついた。
大学を卒業して、母校に社会科教師として戻ってきて一年目。
やはり、学生と教師では立場が違う分視点も異なり、なかなか大変なものだと実感中だった。
正史の代から始まった学内探偵団は、今でもまだ後輩たちが引き継いでいて、正史は初代団長だから、という微妙に根拠のない理由によって、その顧問に抜擢されていた。
それ以前は教頭が顧問を務めていたのだから、正史の責任も重大だ。
とはいえ、親の目論見によると、しばらくこの学校で教師として経験を積んだ後は、父親の後を継いでこの学園の理事長を任される予定であるらしいので、探偵団の顧問程度で音を上げている場合ではない。
本来、学園に勤める教師たちは、教官宿舎を与えられてここで寝泊りするものなのだが、正史は麓の2LDKのマンションから一時間かけて車で通ってきている。
それは、もちろん、恋人との同棲のためだ。
そも、小説家なる職業は、勤務地を選ばないものではある。
どこに住んでいようと、連絡がついて原稿が送れる環境でさえあれば良い。
とはいえ、太郎ほどの売れっ子になると、そういうわけにもいかないのだ。本当なら。
締め切りはだいぶ厳しい上に、テンションを落とすわけにもいかず、契約する出版社が増えるほど、担当編集者の数は増えるわけで、つまり、お客さんの数も同様に増えていくわけで。
といって、太郎に東京に住むつもりなど、さらさら無い。
それよりは、スクールカウンセラーの副業にゆっくり時間が割けるように、何とか契約を減らしたいのが現状だったりするのだから。
「旦那。帰ろ?」
スクールカウンセラーの仕事場は、主に保健室になる。
太郎も、教室から逃げ出してきた生徒たちを茶飲み相手に会話を楽しみ、一人でいるときは小説家の仕事に精を出す、そんな生活をしていた。
したがって、時間外は暇になるのだ。所詮、太郎の立場はアルバイトである。
声を掛けられて、ちょうど出入り口脇に当たる席で書類の整理をしていた正史が、呆れた表情をして振り返った。
「加藤。何度言えば改めるんだ?お前は。後藤先生、だろう?」
「良いじゃん、旦那、で。ねぇ、生田先生?」
「お前らは、相変わらず、仲が良いなぁ。何年目だ?」
学生時代は散々世話になった生田教諭が、正史の隣の席になっていて、楽しそうに笑ってそう返した。
尋ねられて、太郎は真剣に指を折る。
「七年目?」
「はいはい。真面目に答えるなよ」
本来、惚気を誘っての問いかけだったのだろうそれに、太郎はわかっているのか天然なのか。
生田はそのやり取りすら面白いらしく、ずっと笑いっぱなしだ。
「他の探偵団の連中は元気にやってるのか?」
どうやら、仕事がまだ終わらないらしい正史の代わりに、太郎の暇つぶし相手を買って出てくれたらしい。
椅子ごと身体を太郎に向けて駄弁り体勢になった。
それを受けて、太郎も背の低い書類棚の横に寄りかかる。
「元気ですよ。みんなそれぞれ頑張ってるみたいで」
「佐藤たちはアメリカに行ったんだっけ?」
「結局、日本では仕事にならなかったみたいですね。正月休みは帰ってくるそうですから、近況聞いときますよ」
「また、世紀の大発明でも引っさげて帰ってくるのかねぇ?」
「どうでしょう。世紀の大発明って、めったに無いから、世紀の、って付くんですよ?」
「佐藤の場合、本人にはちょっとしたものでも、だいぶ物凄いんだろう?」
「うーん。物凄いですよねぇ。また特許の数増えてるのかも……」
ふふふ〜と笑うのは、その話題の主が、太郎にとっても自慢の友人であるせいだ。
何しろ、世界的権威。二歳年上とはいえ、同じ学校で机を並べた相手とはとても思えない。
太郎の人生の中でも屈指の出会いだ。
友人を自慢げに話す太郎に、学生の頃から良く知っている生田はにんまりと笑うのだが。
「加藤だって、佐藤に負けず劣らずだろう? いよいよ海外デビューだって?」
「翻訳本、ってだけですよ。元々処女作自体が平安物だったから、現代物が出来るまでは海外に出せなかった、ってだけですし。日本人にもわかりにくい平安貴族の生活が、異国の文化に馴染むわけも無いし」
謙遜しているのやら、さりげなく自慢しているのやら。
生田はそんな太郎に、ケラケラと笑っている。
「まぁ、なんでも良いが、小説書いてカウンセラーもして、二足の草鞋を履いてるんだ。無理はするなよ?」
「無理するくらいなら小説やめますよ。俺、こっちの方が楽しいし」
中学生の頃からしている仕事と始めて一年に満たない仕事を比較して、目新しいものの方が楽しいのは当然ではないかと、生田などは思うわけだが。
学校としては大歓迎なので、苦笑をするしかなく。
「まぁまぁ。ここにもお前さんの大ファンがいるんだから、そんな軽々しく辞めないでくれよ、頼むから」
「あれ、生田センセ、そうなんですか? ありがとうございます」
「いえいえ。次の新刊も楽しみにしてるよ」
礼を言ってにこりと笑う。
ちょうど仕事が終わったらしい正史が、その太郎を後ろから羽交い絞めにした。
「何、浮気しているんだ?」
「いやん。旦那ってば、やきもち?」
「生田先生に今更それはない。お待たせ。帰るぞ」
「待ってました〜。ではでは、生田センセ、良いお年を〜」
二人揃って母校に就職してきて、早九ヶ月。
仲睦まじい二人が仲良く連れ立って帰っていくのもすでに同僚たちは見慣れている。
お先に、と声をかけて出て行く元教え子たちを、古参の教師になればなるほど、微笑ましい表情で見送っていた。
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