Three Lovers 1
(2005年クリスマス限定SS)
One Yuichi & Tamotsu
京都の冬はけっこう寒い。
夏は暑く冬は寒い盆地気候のせいなのだけれど、近年寒暖の差が激しい、と京都出身者は自信満々に語った。
聞いていた仙台出身の長身の男は、微妙な表情で笑っていたけれど。
何しろ、京都の寒さと仙台の寒さなら、どちらも変わりない。
裕一の一人暮らしの1Kアパートに押しかけてきて、夏でも出しっぱなしのコタツ――さすがに夏は掛け布団が仕舞われているが――に身を沈ませて、保は不機嫌そうに悪態をつく。
気候に文句を言っても何も解決しないのだが、何か言わないことには気が済まないらしい。
木枯らしが吹き始めてから、保はこの部屋を訪れるたびに同じ行動をするので、裕一もとうに慣れてしまったのだろう。
くっくっと楽しそうに笑い、彼の目の前にミルクティを差し出した。
「せやせや」
熱いミルクティを半分ほどゴクゴクと飲んで、人心地ついたらしい。
コタツに懐いた状態で、裕一に話しかけた。
「昨日うちにエアメールが届いてたえ」
「さとっち?」
「うん。正月帰ってくるぅて。たろちゃんたちと合流してこっちに来はるらしいわ」
「京都に?」
「そ。金持ちやんねぇ。正月の京なんて、よう来はるわ」
だいぶ長く伸びた黒髪を無造作に結って、最近は私服でも和装を選ぶ保は、今日は珍しく高級和服に分類される大島紬に袖を通していた。
背中の半分ほどまで伸びている髪が、薄染めの着物に映えている。
正面に座る裕一は、勉強の時だけ掛けている眼鏡の上の隙間から上目遣いに向かいの恋人を見やった。
ふぅん、と返すのは気の無いような相槌なのだが、内心ではけっこう驚いているのだろう。レポートを書く手が止まっている。
「ところで、それ、レポート?」
「うん、昨日の実験の。正月休みの間に忘れそうだから、今のうちに書いておかないと」
「せやけど、ゆうくんが医大生やなんて、ほんま、びっくりやねぇ?」
「浪人生してた間に頑張ったんだよ。卒業旅行にハワイなんて贅沢したから、親がもう、厭味ザクザクでさ。どうせ浪人決定してたんだから、春休みに何しようと関係ないってぇの。……っちゅうか、いい加減飽きない? もう四年言い続けてるだろ」
「せやかて、天地がひっくり返ったみたいな大事件やん? あの頃のゆうくんの成績じゃ、医大なんて無茶苦茶やってんし」
「死ぬ気で勉強したからね」
「さとっちとたろちゃんの協力あればこそ、やろ?」
「そ。協力あればこそ。感謝してます、あの二人には。今でも足向けて寝てないもんね」
「お、言うたな? 足向けさせたる」
「良いけど、着物ぐしゃぐしゃになるよ?」
「あ、あかん。これは、特別の晴れ着用やさかい」
実際身動きせず、どころか、保は紅茶のカップを両手で持ったまま、裕一はシャープペンシルを持ったまま、始めてしまえば止められない息の合った掛け合いが続いた。
出会ったのは、まだ高校二年生の頃。今では、保は実家の縁続きの料亭で若旦那見習いに、裕一は一浪して入った医大で学部四年次生に、それぞれなっていた。
本来、高校生のうちだけ、という約束のセフレだった二人だが。
今、それを蒸し返せば、きっと蒸し返された方はどちらも、拗ねてへそを曲げるに違いない。
他に好きな奴でもできたのか、とでも言って。
「でもまぁ。久しぶりだよな、全員揃うの」
「うち、委員長に会うのは多分、卒業以来やわ」
「あ、そういや、俺も。たろちゃんから惚気話は聞いてたから、元気なのは知ってるけどな」
卒業して、もう五年が経つ。
友人たちもまた、それぞれの人生を歩んでいるのを、手紙なりメールなり電話なりでやり取りしているが、確かに、実際に六人が一ヵ所に揃うのは、卒業以来ぶりになる。
「いつ来るんだろうね?」
「クリスマスは、間に合わへんかったね」
そう。今日この日こそ、ちょうど、クリスマスイブに当たっていた。
街へ出れば、愛し合う人たちで溢れ返り、街路樹は電飾で彩られ、店のBGMはこぞってクリスマスソングを奏でる。
騒がしくも華やかな、異教徒のお祭り日だ。
ちなみに、別に裕一も保も、特定の宗教を信仰しているわけではないのだが。
なんとなく、キリスト教は日本に浸透した宗教であるとは思えないらしい。
それも、保に限っては、京都生まれでは仕方がないかもしれないが。
「で、おめかししてどこかへお出かけ?」
「うぅん。毎日遅くまで勉強に明け暮れてるダーリンに、クリスマスプレゼント、と思うてね。お店予約したぁんねん。行くやろ?」
「おや。それでその格好ということは、俺もそれなりのかっこうをすべきところ?」
「すべきところ。お得意さんやしって、今日は特別おまけしてもろてん。クリスマスの日ぃは、意外と料亭は穴場や。ほっぺた落ちるんは、保証するえ?」
「何時?」
「六時予約。まだゆっくりしててえぇよ?」
「じゃ、それまで、する?」
「しぃひん。帰ったら、な? 今日、泊まってってえぇやろ?」
「ん」
短く返事をして、そのまま裕一はまた俯いてしまった。
視線の先には、文字より意外と絵が多い、レポート用紙の束があり。
保がいるそばでレポートに精を出すのは、今に始まったことではない。
静かにただそばにいるだけで、それが意外とリラックス効果があるらしく、普段よりもペンの進みが速かった。
いつの間にか、少しだけ隙間の空いたカーテンの間から、ベランダに降り積もっていく雪が垣間見えていた。
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