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 予定の時間を少し遅れて会場入りした新郎新婦は、移動の間にお色直しをしたらしく、だいぶラフな格好で現れた。
 この狭いレストランで、ふんわりしたドレスを着てくる勇気はなかったらしい。

 新郎新婦を舞台の端に設置された主役席に座らせて、司会を引き受けたなかなかお調子者の友人の一人が、マイク越しに声を張り上げる。

「え〜。飛び入り企画が入りました! 新郎の古くからの友人で、当大学卒業生きっての天才、Dr.サトウより、お祝いの贈呈です。フミヤ! カモン!!」

 張り切って盛り上げてくれる司会に呼ばれ、文也は待機していた部屋の隅から、端に追いやられていた店のテーブルをえんやこらと運びながら現れた。
 その肩には、大学のこの学部ではすでに有名になっていた、小さなロボットがしがみついている。
 今日はかわいらしく、ポニーテールにピンクのふんわりドレスでおめかししている。

 文也が大変そうにしていたら、わらわらと集まってきた男たちがそのテーブルを引き取って運んでくれた。舞台中央に。

 さすが、学部のアイドル。いまだにその人気は現役であるらしい。

 ありがとう、と礼を言って彼らを舞台から降ろすと、文也はそのテーブルに少女のロボットを載せ、新郎新婦に向き直った。

「カイン、アリアさん。ご結婚おめでとうございます。ささやかですが、うちのくぅから、お祝いに歌のプレゼントです。受け取ってやってください」

 歌?

 なにしろ、そこに集まっているのは全員、何かしらでロボットに関わっている。
 だからこそ、文也の言い出したことの重大さがわかるわけだが。
 会場のあちらこちらで、それぞれに顔を見合わせていた。それは、新郎と新婦も例外ではない。

「くぅ。カインとアリアさんだよ」

『はじめまして。くぅ、だよ。今日は、二人のために、心をこめて、お歌を歌います。日本では有名な曲を、英語に翻訳したの。聞いてください』

 ちなみに、普段は日本語で話しているくぅである。
 アメリカ生まれの癖に、あまり、英語の言い回しを覚えていないらしい。たどたどしい英語で、くぅはそう言った。

 くぅが挨拶している間に、文也は一人でそこを離れ、手伝ってくれるクララのそばに置いてあったノートパソコンを膝に乗せて、床に直に座った。
 パタパタ、とキーボードを叩く音がする。

 タン、と文也の手元からエンターキーを叩く音がすると、直後、くぅに内蔵されたスピーカーから、音楽が流れてきた。

 日本の結婚披露宴ではおなじみの曲。日本人ならきっと、またか、とうんざりするくらいに、おなじみの曲だ。
 曲名を『てんとう虫のサンバ』という。

 スピーカーから流れ出てきた音楽に、緊張していた面々がほっとした表情を見せる。
 つまり、何らかの方法で電子媒体に保存した音楽ファイルをロードするのだろう、という予測が立ったわけだ。

 それを、くぅはあっさりと否定するわけだが。

 前奏が終わったところで、息をするはずのないくぅが、息を吸い込む動作を見せた。

『♪あなた〜とわた〜しが〜、ゆっめ〜のくに〜♪』

 完璧とはちょっと外れた、しかし音痴にはならない、くぅの地声で、それはスピーカーからあふれ出てきた。

 途端、ざわ、と部屋全体がざわついた。
 それはもう、驚愕の展開なのだ。新郎席のカインは目を見開き、新婦席の花嫁も思わず腰を浮かす。

 やがて、曲がサビ部分に差し掛かったときには、会場は水を打ったように静まり返った。

『♪あ〜かあ〜おきいろの〜、いっしょおを〜つ〜けた〜♪』

 くぅは、周りの反応などまったく気にせず、気持ちよさそうに歌っている。
 曲に合わせて身体を振って踊りながら。
 レースで作られたお人形衣装のドレスが、ふわんふわんと風に乗る。

 実際、この曲の歌詞は、結婚式にはちょうど良い、ほのぼのとした童話のような歌詞なのだ。くぅの幼い声に、よく似合う。

 曲が終わって、そのエンドにあわせてポーズをとったくぅが、照れくさそうに二三歩下がると、ぺこん、とお辞儀をした。
 お辞儀にあわせて、ドレスも一緒にふんわり舞う。

 約5秒。会場には静寂が下りた。
 やがて、一人の男性がゆっくりと手を叩き出す。
 それは、周りに伝播していき、すぐに大拍手となった。ブラッボー、と太い声が上がる。向こうからも、こちらからも。

 新郎新婦も立ち上がって、拍手に参加していた。

 テーブルの上のくぅは、迎えに行った文也に駆け寄っていき、差し出された腕にしがみつく。

「カイン。どうだった?」

「……おととしのクリスマスに言ってたな、そういえば。くぅが歌えるようになったって」

「あれでちょっとハマっちゃってね。お祝いにはちょうどいいかな、って。アリアさんもロボット工学者だって聞いてたから」

 話しながら、文也はくぅをつれて新郎新婦に近づいていき、彼らの前に置かれたテーブルにくぅを降ろす。
 テーブルに降りて、くぅはカインではなく、アリアの方へ近寄っていく。

『お歌、気に入ってくれた?』

 ロボットである事は、このサイズとスピーカーらしい雑音交じりの音でわかったのだろう。
 くぅとは紛れもない初対面だが、そのあたりにはさすがに抵抗がない。

 だが、そのロボットが、こちらからの話しかけに応じるのではなく、ロボット側から話しかけてくることには面食らったらしい。
 驚いた表情が、その感情を物語る。

 反応がないことに、くぅは軽く首を傾げた。

『アリアさん?』

「え、あ、あぁ。えぇ。良かったわ」

『ホント? よかったぁ。ふーちゃん、ふーちゃん。喜んでもらえたぁ』

 アリアが戸惑いながらも誉めると、くぅは嬉しそうに飛び跳ねて喜んで、文也のもとへ駆け戻っていく。
 その行動は、普通の子供となんら変わるところがない。ただ、身体が小さすぎるだけで。

 さすがにカインとは仲の良い文也の事だから、学会では超有名人でもある事だし、文也の異能は聞いて理解していたつもりだった。
 それが、つもりでしかなかった事を、アリアは今、目の当たりにしている。

 道理で、みんながみんな、文也を天才と呼ぶわけだ。

 今のロボット技術の最先端を、目の前の小さなロボットの少女はあっさりと上回っている。
 これが、もう四年も前に完成されていたのだから、その作者は間違いなく、天才だ。

 文也は、甘えてくる少女のロボットを、本物の子供にするように甘やかして、にこりと穏やかな笑みを見せた。それこそ、まるで聖母のように。

「良かったね、くぅ」

『うんっ』

 少女は、無邪気に笑って頷いて、生みの親にしっかりと抱きついた。

「くぅは相変わらず可愛いなぁ」

 文也に甘えるくぅを見ていて、カインは愛しそうに目を細めてそう呟く。
 その声を聞いた文也は、カインではなく、アリアに囁くように言った。もちろん、カインにも聞こえるように。

「アリアさん。カイン、絶対親バカになるから。しっかりと手綱を握ってやってくださいね」

 それは、親戚で、親友で、元ルームメイトである、文也からの、祝いの言葉に他ならず。

 カインは途端に抗議の声を上げ、アリアはほんのりと頬を赤く染めて頷いた。




 夜の9時を回って、ハネムーンに出かける新婚夫婦をホテルへ送り出した彼らは、その後、気のあう仲間とさらに三次会へ出かけていき、文也は誘いを断って、カインの実家へ戻った。

 歳のせいで時差ぼけになかなか順応できない祖父は、結婚式の疲れも手伝って、すでに眠りについていた。

 文也を可愛がってくれたカインの両親に了解を取って、インターネット電話を起動する。国際電話よりはずっと安い。
 相手は、3コールで出た。

『あぁ、文也。式は終わったのか?』

「うん。二次会も大成功だったよ。今、大丈夫?」

『おう。今日の試験は午後だけだからな』

「……ん?」

『時差、忘れてるだろ。こっちはもう、七日の朝十時』

 言われて、あ、と思った。つまり、本当にボケていたわけで。
 ごめん、と謝ったら、優に笑われてしまった。

『帰りは明日だろ? 気をつけて帰って来いよ』

「うん。落ちないように祈って帰る」

『怖ぇこと言うなぁ。頼むから、無事に帰ってきてくれ』

 相手もインターネット電話で、だからテレビ電話機能はあるのだが、どうせこの距離ではまともに写らないだろうから、画像転送は切っている。
 だが、心配そうな恋人の声に、途端に、その顔が見たくなった。

「できるだけ、早く帰るよ。優の顔、見たい」

『俺もだ。……まったくなぁ。何も七夕の日に引き離す事ないのによ。カインも気が利かない』

「七夕は、日本だけの行事だからね。仕方がないよ」

『俺たちは、逆七夕だな。年中一緒にいるけど、七夕だけ、会えない』

「ふふっ。来年の七夕は一緒にいられるといいね」

『まったくだ』

 せいぜい憮然と答えて返して、優もまた、幸せそうに笑った。

『文也。愛してるよ』

「うん。僕も」

『俺の夢見て寝なよ』

「ばーか」

 冗談とも本気とも取れない、睦言の応酬。それそのものはいつもの事だけれど、遠く離れていると、なんだか嬉しくて、なんだかくすぐったい。

『おやすみ。文也』

「試験、頑張って」

『うわ。嫌な事思い出させるなよ〜』

 今まで優しい恋人を気取っていた優の声が、歳相応の若者口調に変わる。それが楽しくて、くすくすと笑って。

 おやすみを言って回線の切れた画面を、文也は幸せそうに見つめていた。
 それから、大きな欠伸を一つ。

 慌しい、二泊四日の強行軍も、もうすぐ終わる。

 言われるまでもなく、恋人の顔を思い浮かべて幸せそうに笑った文也は、その足で祖父が先に眠っている客間へ向かった。

 明日の出発は早い。





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